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「天草の乱〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

天草の乱の前後の文節・文章を表示しています。該当する9件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
あの島原の乱――肥前の天草で天草四郎たち天主教徒の一味が起こした騒動ですから一名天草の乱ともいいますが、その島原の乱は騒動の性質が普通のとは違っていたので、起き....
島原の乱」より 著者:菊池寛
喪したと云われる。 幕軍は、城中に在ったものは老幼悉く斬って、その首を梟した。天草の乱平ぎ、切利支丹の教えは、根絶されたと思われた。 しかし、こぼれた種は、....
獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
封じるところなど、むしろ憫然たるものがあります、智慧の気の毒さみたいな。それに、天草の乱のときの原城攻撃の態度、ぬけがけ手柄をしようとする、その他、属僚的機敏さ....
月日の話」より 著者:坂口安吾
であるが、西洋側は太陽暦なのである。したがって、事件の発端が十二月にかかっている天草の乱の如きは、太陽暦では翌年にかかっており、太陰暦の元旦に天草の切支丹組が油....
文化史上より見たる日本の数学」より 著者:三上義夫
後にも徳川氏は大きい大名をなるべく絶滅さす方針を取っていたから、浪人が増加する。天草の乱に小西、大野等の浪人の関係があり、由井正雪の事件によって、幕府がはなはだ....
天草の春」より 著者:長谷健
側に散る水沫をさけていた。 大矢野《おおやの》島と千束《せんぞく》島(この島は天草の乱の策源地といわれている)の間をぬけ、やがて上島近くにさしかかると、雲はい....
鳴門秘帖」より 著者:吉川英治
はまたいつ頃から?」 「今より百二十余年前、蜂須賀三代の国主は義伝公、当時南には天草の乱が起っておりました」 「フム、義伝公。蜂須賀|至鎮とおおせられて、非常に....
随筆 宮本武蔵」より 著者:吉川英治
た物だという。 古文書類はすべて、寛永十四年に、肥前島原地方に起った世にいう“天草の乱”――切支丹軍の蜂起と、幕府の討伐軍との一戦乱があった当時の関係文書に尽....
柳生月影抄」より 著者:吉川英治
紋じるしの提灯を振って、河堤から、橋を越えて去りゆく兄弟へ、涙声をふりしぼった。天草の乱、島原の変は、その翌々年、天下を一時、暗澹と脅かした。兵火は歇んだが、十....