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「奇勝〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

奇勝の前後の文節・文章を表示しています。該当する10件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
本州横断 癇癪徒歩旅行」より 著者:押川春浪
ので、二、三里先へ行って待っていろと命令して先発させ、一行は或《あるい》は山水の奇勝を写真に撮り、或いはゆるゆる写生などをし、もう牛《ぎゅう》的剛力も余程遠くへ....
オリンポスの果実」より 著者:田中英光
たように、初めて日本語を使った――その小生意気な運転手君に連れられて一同と共に、奇勝ノアノパリに向う途中《とちゅう》、もの凄《すご》い大雷雨《だいらいう》に、襲....
四条畷の戦」より 著者:菊池寛
活動を開始したのである。 元来楠党は山地戦に巧みである。正成が千早城や金剛山に奇勝を博し得たのは、一に彼等の敏捷な山地の戦闘力に依ったのである。従って正成の歿....
ドグラ・マグラ」より 著者:夢野久作
彩管を笈うて蜀の国に入り、嘉陵江水を写し、転じて巫山巫峡を越え、揚子江を逆航して奇勝名勝を探り得て帰り、蒐むるところの山水百余景を五巻に表装して献上した。帝これ....
香魚の讃」より 著者:佐藤垢石
多い。また、奥秩父から刄のような白き流れを武蔵野へ下してくる隅田川の上流荒川も、奇勝|長瀞を中心として今年は震災後はじめて東京湾から鮎の大群が遡ってきた。翆巒峭....
「ケット」と「マット」」より 著者:喜田貞吉
分入りければ、地勢は越後の分域ながら、今に信州の管内なりとも云ふ。(雪譜並に信濃奇勝等) 「ケット」今は「穴藤」または「結東」などと書く。陸地測量部五万分一図を....
三国志」より 著者:吉川英治
何しても、単福の用兵には、確乎たる学問から成る「法」があった。決して偶然な天佑や奇勝でないことは、誰にも認められたところであった。 樊城へ逃げ帰った残兵は、口....
私本太平記」より 著者:吉川英治
貞弾劾状”を朝へ出して後、ただちに蟄居の一寺から上洛の兵をすすめて、両者、箱根の奇勝に拠って、雌雄を争ったあのときの戦である。 肥後の菊池武重は、その日、新田....
遠野物語」より 著者:柳田国男
村曲金の軍陣坊社の神(『新風土記』)、または信濃筑摩郡射手の弥陀堂の木仏(『信濃奇勝録』)などこれなり。 七三 カクラサマの木像は遠野郷のうちに数多あり。栃内の....
木綿以前の事」より 著者:柳田国男
じ地方でイラというものの糸を、衣服の材料に供していたことが、文化年間に出た『信濃奇勝録』には述べられている。イラは「いぬからむし」、「蕁麻」とも書いて、山野に野....