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奉
「奉〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
奉の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「疑惑」より 著者:芥川竜之介
ものと、こう分れて居ったものでございます。私はその藩侯の御建てになったK小学校へ
奉職して居りましたが、二三年|前《まえ》に県の師範学校を首席で卒業致しましたのと....
「邪宗門」より 著者:芥川竜之介
若殿様とは、ほぼ御年輩《ごねんぱい》も同じくらいな若者でございましたが、これを御
奉公の初めにして、その後《のち》も度々|難有《ありがた》い御懇意を受けたのでござ....
「じゅりあの・吉助」より 著者:芥川竜之介
たかと思うほど、不思議な威厳に満ちていたと云う事であった。
二
奉行《ぶぎょう》の前に引き出された吉助《きちすけ》は、素直に切支丹宗門《きりした....
「神神の微笑」より 著者:芥川竜之介
来《デウスにょらい》! 私《わたくし》はリスポアを船出した時から、一命はあなたに
奉って居ります。ですから、どんな難儀に遇《あ》っても、十字架の御威光を輝かせるた....
「金将軍」より 著者:芥川竜之介
まど》の灰を包んでいた。彼女の兄も、――いや彼女の兄ではない。王命《おうめい》を
奉じた金応瑞は高々《たかだか》と袖《そで》をからげた手に、青竜刀《せいりゅうとう....
「黒衣聖母」より 著者:芥川竜之介
――この涙の谷に呻《うめ》き泣きて、御身《おんみ》に願いをかけ
奉る。……御身の憐みの御眼《おんめ》をわれらに廻《めぐ》らせ給え。……深く御柔軟....
「おぎん」より 著者:芥川竜之介
元和《げんな》か、寛永《かんえい》か、とにかく遠い昔である。
天主《てんしゅ》のおん教を
奉ずるものは、その頃でももう見つかり次第、火炙《ひあぶ》りや磔《はりつけ》に遇《....
「温泉だより」より 著者:芥川竜之介
た」の字病院へ半之丞の体を売ったのは。しかし体を売ったと云っても、何も昔風に一生
奉公《いっしょうぼうこう》の約束をした訣《わけ》ではありません。ただ何年かたって....
「三右衛門の罪」より 著者:芥川竜之介
一かどの御用も勤まる侍にむざと命を殞《おと》させたのは、何よりも上《かみ》へ対し
奉り、申し訣《わけ》のないことと思って居りまする。」
語り終った三右衛門はいま....
「捨児」より 著者:芥川竜之介
「それからわずかの知るべを便りに、汽車にも乗らず横浜へ行くと、夫はある運送屋へ
奉公をし、女はある糸屋の下女になって、二年ばかり二人とも一生懸命に働いたそうです....
「将軍」より 著者:芥川竜之介
私《わたくし》が歩哨《ほしょう》に立っていたのは、この村の土塀《どべい》の北端、
奉天《ほうてん》に通ずる街道《かいどう》であります。その支那人は二人とも、
奉天の....
「俊寛」より 著者:芥川竜之介
、女人《にょにん》じゃと云う事を忘れて居った。牧牛の女難陀婆羅、世尊に乳糜を献じ
奉る、――世尊が無上の道へ入られるには、雪山《せつざん》六年の苦行よりも、これが....
「馬の脚」より 著者:芥川竜之介
い。ただまるまる肥《ふと》った頬《ほお》にいつも微笑《びしょう》を浮かべている。
奉天《ほうてん》から北京《ペキン》へ来る途中、寝台車の南京虫《なんきんむし》に螫....
「さまよえる猶太人」より 著者:芥川竜之介
いても、十四世紀の後半において、日本の西南部は、大抵|天主教《てんしゅきょう》を
奉じていた。デルブロオのビブリオテエク・オリアンタアルを見ると、「さまよえる猶太....
「ファラデーの伝」より 著者:愛知敬一
方また王立協会へ帰って来た。 ファラデーの真身の父は、ファラデーがリボーの所に
奉公している中に死んだが、母はファラデーと別居していて、息子の仕送りで暮し、時々....