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奏文
「奏文〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
奏文の前後の文節・文章を表示しています。該当する9件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「碧蹄館の戦」より 著者:菊池寛
云う。碧蹄館の戦即ちこれである。 さて大敗を喫した李如松は開城に退いて明朝へ上
奏文を送ったが、その中に曰く、 「賊兵の都に在る者二十余万衆寡敵せず、且臣|病甚....
「富貴発跡司志」より 著者:田中貢太郎
が多いといって、さっき県神から本司に上申してきたから、府君に呈したが、もう天庭に
奏文して、寿を三紀延べて、禄を万鐘賜うた」 「―村の―氏は、姑に孝行で、その夫が....
「李陵」より 著者:中島敦
ゅせん》・張掖《ちょうえき》の騎各五千をもって出撃したほうが得策と信ずるという上
奏文である。もちろん、李陵はこのことをしらない。武帝はこれを見ると酷《ひど》く怒....
「女の手帖」より 著者:宮本百合子
被害者 犯罪に顛落する復員軍人が多いことについて、復員省は上
奏文を出し「聖上深く御憂慮」という記事がある。亀山次官は「余りに冷酷な世間」と一....
「蓮花公主」より 著者:田中貢太郎
。」 竇は驚いて訊いた。 「それはどんなことでございます。」 王は案の上の上
奏文を取って竇の前に投げた。竇は啓けて読んだ。それは含香殿大学士|黒翼の上
奏文で....
「三国志」より 著者:吉川英治
して、乱を企てておるので、自分は彼らを討つ所存である) というのが魏延からの上
奏文であり、後から届いた楊儀の上表には、それとはまったく反対な実状が訴えられてき....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
れはただ単なるお泊りだけのものではない。 新田義貞からの早打ち――鎌倉大捷の上
奏文――をたずさえた急使、長井六郎、大和田小四郎のふたりは、福原(神戸)の道で鹵....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
をかきたてて、痛烈な反駁の一文を草し、あくる日ただちに上覧にいれた。 義貞の上
奏文は、じつに激越な文辞であった。自分に対する尊氏の弾劾状を、完膚なきまでにたた....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
杉原紙十数枚にものぼる文章は、吉野朝廷へたてまつる彼の政治意見書であった。 上
奏文の内容は。 兵革に苦しんでいる民の租税をかろくすること。 わけて地方政治....