奥書[語句情報] »
奥書
「奥書〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
奥書の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「旗本退屈男」より 著者:佐々木味津三
の者達に、ピカリピカリと傷の威嚇を送りつつ、悠揚として案内させていったところは、
奥書院の主計頭が居室でした。 「誰じゃ。何者じゃ。どたどたと騒がしゅう振舞って何....
「十万石の怪談」より 著者:佐々木味津三
主|丹羽長国は、置物のようにじっと脇息に両肱をもたせかけて、わざと灯りを消させた
奥書院のほの白い闇の中に、もう半刻近くも端座し乍ら、身じろぎもせずに黙然とふりそ....
「千曲川のスケッチ」より 著者:島崎藤村
、短いながらに深い春が私達の心を酔うようにさせる…… 「千曲川のスケッチ」
奥書 このスケッチは長いこと発表しないで置いたものであった。まだこの外にもわた....
「みみずのたはこと」より 著者:徳冨健次郎
に五寸からの雪を見ることは、余等が千歳村の民になってからはじめてゞある。
余は
奥書院の戸をあけた。西南を一目に見晴らす此処の座敷は、今雪の田園を額縁なしの画に....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
ねてみるのも無駄だが、筆者の名が知りたいな。完本でないから、印章も欠けているし、
奥書もなにもないから、まるで手がかりは無いのだが、本来、拓本とはいえ、これだけの....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
遠慮なのです。 そこで、明王に特別謁見の間を、お角さんは、次の間というよりも、
奥書院の廊下に立って待受けておりました。そこに立っていると、またも本庭の余水の蜿....
「東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
持ちて、灌頂《かんじょう》開壇の特許を与え、宗祇の勧めによって長門住吉法楽万首の
奥書を書し、殊に用脚に関する場合に、宗祇と相談のうえ書状を発している。されば実隆....
「雪の宿り」より 著者:神西清
うにお見受け致しました。わたくしが桃花坊へ上りました後々も、一慶さまや瑞仙さまが
奥書院に通られて、太閤殿と何やら高声で論判をされるのが、表の方までもよく響いて参....
「新西遊記」より 著者:久生十蘭
四巻、仏の教示を翻訳した論部をおさめた「丹珠爾」続蔵四千五十八巻がそれぞれ経題と
奥書がつき、十巻ずつ勅訳の黒印を捺した青い布に包んで左右の棚にいっぱいになってい....
「備前天一坊」より 著者:江見水蔭
た。 六 天城屋敷の池田出羽の許へ早馬で駈着けたのは野末源之丞。
奥書院にて人払いの上、密談の最中。池田出羽は当惑の色をその眉宇の間に示しながら。....
「ファウスト」より 著者:ゲーテヨハン・ヴォルフガング・フォン
れが世の幸。
ファウスト
さよう。宝です。利益です。財産、手形です。さて
奥書は誰がしましょう。
ヘレネ
それはこの我手。
....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
、連歌が九首、合計二千百十八首。しかし佐佐木信綱博士の蔵される『山家集古鈔本』の
奥書に、『山家集』の歌は三千百十二首あると記されているので、今見る『山家集』が完....
「「エタ」名義考」より 著者:喜田貞吉
たことについて、その「エタ」とは餌取の語の転訛であるとの事を書いてあるが、永正の
奥書ある写本には、その「エタ」というのは「何なる詞ぞ」という表題の下に、「穢多」....
「むかでの跫音」より 著者:大倉燁子
か知らないが、とにかくその死が不自然な自殺であったし、撰んだ最後の場所が天光教の
奥書院だったという、ただそれだけの理由で、伯父側の人々は彼に対して非常な反感を懐....
「旃陀羅考」より 著者:喜田貞吉
られ、宿とも唱門師とも呼ばれて、やはり濫僧の徒であった、高野山宝寿院蔵永禄十年の
奥書なる「貞観政要格式目」という変な名前の書には、坂の者すなわち三家者を、連寂衆....