孝養[語句情報] »
孝養
「孝養〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
孝養の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「若草物語」より 著者:オルコットルイーザ・メイ
ようになります。」 それから、メグは、ブルック先生が、おかあさんのなくなるまで
孝養をつくしたこと、おかあさんからはなれたくないので、家庭教師として外国へいける....
「わが血を追ふ人々」より 著者:坂口安吾
うな汚れた世に、あくせくとお金をもうけ、そのお金で身の小さな安穏をはかり、それを
孝養だの慈善だのと呼ぶことが怖しいとは思はぬか。それが天主様のお心にかなうことだ....
「学生と先哲」より 著者:倉田百三
よりも多し。法華経の為には一度も失う事なし。されば日蓮貧道の身と生まれて、父母の
孝養心に足らず、国恩を報ずべき力なし。今度頸を法華経に奉って、その功徳を父母に回....
「女性の諸問題」より 著者:倉田百三
いばかりに働いていたのだ。そして岩波君が志操ある書店主として立派に成功したとき、
孝養を思っても母はもう世を去っていた。 ガンジーの母は、ガンジーがロンドンに勉....
「仇討姉妹笠」より 著者:国枝史郎
して、清浄の生活を継続し、良人や主馬之進をとむらいながら、主税夫婦やお葉によって
孝養されたということや、お葉が良縁を求めながら、その優しい心持から、藤八猿を可愛....
「郷介法師」より 著者:国枝史郎
げ下されましてござります。……何と仰せられても貴郎は父上。どうでも邸へお迎え致し
孝養を尽くさねばなりませぬ」 郷介はこう云うと飽迄真面目に乞食の手を取るのであ....
「次郎物語」より 著者:下村湖人
も地獄は一定すみかぞかし」とか、「親鸞は弟子一人も持たずさふらふ」とか、「父母の
孝養のためとて、念仏一返にても申したること未ださふらはず」とか、そういった一途な....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
であった。親戚の一人が祝詞を朗読して、 百平(父の名)氏温厚玉の如く、義母に仕え
孝養到らざるなく、家庭に波風なく…… 父はこの時ばかりは嘸満足であったろう。も....
「剣侠」より 著者:国枝史郎
になった、どうでも自分としては敵を討ちたい、それにお母様は数年前に死なれ、残って
孝養する必要はない、かたがたどうでも主水と一緒に、旅へ出たいという考えが、濃く強....
「画筆に生きる五十年」より 著者:上村松園
展出品(三等銅牌) 同 三十九年 「柳桜」新古美術品展出品(三等銅牌)「税所敦子
孝養図」 同 四十年 「花のにぎはひ」北陸絵画共進会出品(一等賞)「虫の音」日....
「孟母断機」より 著者:上村松園
出たので、いたく刺戟されて筆を執ったものであるが、これは「遊女亀遊」や「税所敦子
孝養図」などと、一脈相通ずる、わたくしの教訓画として、今もって懐かしい作のひとつ....
「税所敦子孝養図」より 著者:上村松園
歳に夫に死別されたのである。 女史は夫篤之氏の没後、薩摩に下って姑に仕え、その
孝養ぶりは非常なもので、ここでいちいち列挙するまでもなく、身をすてて、ただひたす....
「乳を刺す」より 著者:邦枝完二
して頂きたいのだそうでございます」 「………」 「今夜一晩、病人の介抱に、人々の
孝養の真似をいたしまして、明朝は、お城へ帰りますゆえ、その際なれば、ゆっくりお目....
「今日になるまで」より 著者:上村松園
くれたからでありました。私はこの母の慈愛を忘れることは出来ません。私が〈税所篤子
孝養の図〉や〈母子〉など美人画にあまり類例の無いと言われる母性愛を扱いましたのも....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
る。春日王は癩病になられたがために、奈良坂に隠棲し給い、その子の弓削浄人がこれを
孝養するについて、朝|夙く起きて市中に花売をした。それで市人が弓削|夙人と云った....