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学風
「学風〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
学風の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「宇宙の始まり」より 著者:アレニウススヴァンテ
九〇年)の人でいわゆるピタゴラス学派の元祖であるが、この人となるとまたエジプトの
学風の余弊がかなりに強くひびいているようである。彼はサモス(Samos)島に生れ....
「近時政論考」より 著者:陸羯南
。 「空理を後にして実用を先にす」とは国富論派の神髄なり。この論派は英国・米国の
学風より生出したりといえども、あえて学者の理論を標準として政治の事を説くものにあ....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
静の岩屋』にいわく、 「さて又、近ごろ西の極なるオランダといふ国よりして、一種の
学風おこりて、今の世に蘭学と称するもの、則ちそれでござる。元来その国柄と見えて、....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
くにも歴史の精神を樹立したのは水戸であった。彰考館の修史、弘道館の学問は、諸藩の
学風を指導する役目を勤めた。当時における青年で多少なりとも水戸の影響を受けないも....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
やって来て見て、彼は一層その事を確かめた。それは全く在来の寺小屋式を改め、欧米の
学風を取りいれようとしたもので、師範の講習もその趣意のもとに行なわれていた。その....
「相撲」より 著者:寺田寅彦
別問題であるが、昔の人選法も考えようによってはかえって合理的であるかもしれない。
学風の新鮮を保ち沈滞を防ぐためにはやはりなるべく毛色のちがった人材を集めるほうが....
「量的と質的と統計的と」より 著者:寺田寅彦
これら質的研究の十中の一から生まれうべき健全なるものの萌芽が以上に仮想したような
学風のあらしに吹きちぎられてしまうような事があり、あるいは少しの培養を与えさえす....
「日本人の自然観」より 著者:寺田寅彦
ばかりではないらしい。そういう事を研究することを喜ばないような日本現時の不思議な
学風がそういう研究の出現を阻止しているのではないかと疑われる。 余談ではあるが....
「連環記」より 著者:幸田露伴
、俊敏鋭利の根器に任せて精到苦修したことでもあったろう。恵心はもとより緻密厳詳の
学風の人であったから、寂照はこれに従って大に益を得たことでもあろう、それで寂照を....
「工学博士末広恭二君」より 著者:寺田寅彦
中など始終これで苦しみ通していた。そのせいでもあるまいが当時ドイツの風俗、人情、
学風に対する色々な不満を聞かされた記憶がある。しかし英国へ渡ってからは彼の国の風....
「雪の宿り」より 著者:神西清
ったと申します。この御警策の賜物でございましょう、わたくし風情の眼にも、東福寺の
学風は京の中でも一段と立勝って見えたのでございます。されば他の諸山からも、心ある....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
は好かったし、怠け者ではなかった。父からの何か不幸な血の運命があった。夫人は女大
学風に育てられ、媒介によって、家から家に嫁して来て、妻となり、母となってその婦徳....
「学校教育における図書館の利用」より 著者:佐野友三郎
師範学校教程図書館管理要項より』 四 図書館を中心とする自学自修主義の
学風作興と相待て必要なるは互助教育の復興なり。従来行われたる漢学塾の論講は他にい....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
も倦まなかった。だが、それよりもなおヨリ多く諸生を心服さしたのは二葉亭の鼓吹した
学風であった。およそ語学は先ず民族の研究から初めなければならない必要と、日露の地....
「回顧と展望」より 著者:高木貞治
な風で,1894年から98年まで四年間の初めの二年間は過した.しかし,当時は相当
学風が自由であって,藤沢先生などは,ドイツ仕込みの Lehr-und Lernf....