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「孫弟子〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

孫弟子の前後の文節・文章を表示しています。該当する8件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
渋江抽斎」より 著者:森鴎外
、定が十七歳であった。 この年に森|枳園は、これまで抽斎の弟子、即ち伊沢蘭軒の孫弟子であったのに、去って直ちに蘭軒に従学することになった。当時西語にいわゆるシ....
火星兵団」より 著者:海野十三
二少年は、新田先生の生徒であった。博士からいうと、新田先生は、弟子であり、千二は孫弟子にあたるわけだ。師弟のえんは、このように、ふかいのであった。 なんとかし....
東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
して宗祇の弟子なる杉原伊賀入道宗伊、上原豊前守、二階堂入道行二、玄清の弟子宗祇の孫弟子なる明智入道玄宣等は、おりおり実隆と一座した人々である。宗祇はまたさまでに....
昔のことなど」より 著者:上村松園
は残念です。 楳嶺先生の一周忌でしたか三周忌でしたか、御苑内で遺作と一緒に弟子孫弟子の作品を並べたことがありまして、そこに出された栖鳳先生の六曲一双「蕭條」は....
淡島椿岳」より 著者:内田魯庵
の弟子で、南岳は応挙の高足源※に学んだのだから、椿岳は応挙の正統の流れを汲んだ玄孫弟子であった。 馬喰町時代の椿岳の画は克明に師法を守って少しも疎そかにしなか....
俳優への手紙」より 著者:三好十郎
とえば平賀元義であった如く。たとえば蕉風の俳諧の正統の受継者が、芭蕉の直弟子達や孫弟子達では無くして、却って、たとえば正岡子規であり、たとえば大東鬼城であった如....
孔子」より 著者:和辻哲郎
してしまったということを意味する。ソクラテスを生んだギリシアの文化は、彼の弟子と孫弟子とがこの師の偉大さをはっきりと築き上げたころに、すでにその終幕に達したが人....
法然行伝」より 著者:中里介山
ゑかねておもふには つくづくうれし西の木の杖 そうして弘長二年の頃法然の孫弟子の敬西房《きょうさいぼう》という者が(これは法蓮房の弟子)関東へ下る時に、....