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「安徽省〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

安徽省の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
獅子舞雑考」より 著者:中山太郎
目的が、凶霊を退ける信仰に由来していることは明白である。さらに同書(下篇巻五)。安徽省の舞獅子の条に、※県東郷侫神記を引用して、下の如く記してある。 (上略)....
三国志」より 著者:吉川英治
智謀はかり知れないものが見えた。 声静かに、名乗っていう。 「われは沛国※郡(安徽省・毫県)の生れで、曹操字は孟徳、小字は阿瞞、また吉利ともいう者です。すなわ....
三国志」より 著者:吉川英治
だった。 一方、南下して来た玄徳の軍も、道を急いで来たので、両軍は臨淮郡の※(安徽省・鳳陽県東方)というところで、果然、衝突した。 紀霊は、山東の人で、力衆....
三国志」より 著者:吉川英治
ことが多い」 「周瑜。その魯粛とやらは一体どこに住んでいるのか」 「臨淮の東城(安徽省・東城)におります。――この人は、胸に六韜三略を蔵し、生れながら機謀に富み....
三国志」より 著者:吉川英治
呉の主力は、呉侯孫権の直属として、赤壁の大勝後は、その余勢をもって、合※の城(安徽省・肥)を攻めていた。 ここの守りには魏の張遼がたてこもっていた。さきに曹....
三国志」より 著者:吉川英治
白頭城が築かれ、旧府の市民もみな移ってきた。 また、呂蒙の意見を容れて、濡須(安徽省・巣湖と長江の中間)の水流の口から一帯にかけて、堤を築いた。これに使役され....
三国志」より 著者:吉川英治
恨みとは存じませぬ」 魏が全力をあげて来た征呉大艦隊は、すでに蔡・潁(河南省・安徽省)から淮水へ下って、その先鋒は早くも寿春(河南省・南陽)へ近づきつつあると....