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宍
「宍〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
宍の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「或敵打の話」より 著者:芥川竜之介
さぶろう》と共に、雲州松江の城下へはいった。始めて大橋《おおはし》の上に立って、
宍道湖《しんじこ》の天に群《むらが》っている雲の峰を眺めた時、二人の心には云い合....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
が党派を分かち、争闘を事とし、しばらくも鎮静する時のなかったため、松平|大炊頭(
宍戸侯)は藩主の目代として、八月十日に水戸の吉田に着いた。ところが、水戸にある三....
「読書法」より 著者:戸坂潤
、結尾の辺はどう、という具合に、何かの範型があるように云われて来ている。なる程唐
宍八家文などにはそういう手本になるようなエッセイが大分ある。だが私は、韓退之のよ....
「古狢」より 著者:泉鏡花
、山に包まれているんじゃない、その市場のすぐ見通しが、大きな湖だよ、あの、有名な
宍道湖さ。」 「あら、山の中だって、おじさん、こちらにも、海も、湖も、大きなのが....
「日本天変地異記」より 著者:田中貢太郎
言ふ、当所(崎浜)には五十人溺死、西寺東寺の麓には四百人、甲浦には三百五十余人、
宍喰(阿波領)には三千八百六人溺死す、野根浦へは潮入らず、不思議と言ふべしと」。....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
あることは疑いがないらしい。そうかといって、常陸《ひたち》の霞ヶ浦附近や、出雲の
宍道湖畔《しんじこはん》のように、水郷といった趣ではないが、大河が四境を圧して、....
「青春論」より 著者:坂口安吾
武蔵がふと気がつくと、袖に弓の矢が刺さっていたが、傷は一ヶ所も受けていなかった。
宍戸梅軒というクサリ鎌の達人と試合をしたことがある。クサリ鎌というものは大体に於....
「四国遍路日記」より 著者:種田山頭火
ようになってそそいだ、私は天からたたきつけられたように感じただった。 暮れちかく
宍喰町まで来たには来たが、また泊れない、ようやく甲ノ浦まで来て、ようやく泊めて貰....
「娘煙術師」より 著者:国枝史郎
津|修理太夫のお側用人、猪飼市之進その人であり、もう一人は毛利|大膳太夫の家老、
宍戸備前その人であり、もう一人は山内土佐守の家老、桐間蔵人その人であり、もう一人....
「奥羽地方のシシ踊りと鹿供養」より 著者:喜田貞吉
に失われて、イノシシの方のみが各地に保存されている状態である。 案ずるにシシは
宍すなわち肉の義である。古代野獣肉が普通に食用に供せられた時代において、猪鹿が最....
「手長と足長」より 著者:喜田貞吉
橋氏は景行天皇東幸の際の御膳の役を勤めたものの子孫だと云う事で、新撰姓氏録には、
宍人朝臣・阿倍朝臣などと同じく、大彦命の後だとあるが、
宍人とは獣肉を調理する役廻....
「フランケンシュタイン」より 著者:宍戸儀一
フランケンシュタイン FRANKENSTEIN, OR THE MODERN PROMETHEUS 著者について
宍戸儀一 この作品を書いたマリー・ウォルストンクラフト・シェリー(Mary W....
「牛捨場馬捨場」より 著者:喜田貞吉
んだんとこうじて来て、従来もっぱら食肉用の獣と見なされて、その名称を俗にシシ(「
宍」にて肉の義)とまで呼ばるるに至った程の猪や鹿の肉を喰った者でも、数十日ないし....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
が出来ない。牛馬の肉はもちろんのこと、普通に食用獣として、その名までが「しし」(
宍)、すなわち「肉」とまで、俗に呼ばれるようになっているところの、鹿や猪などの肉....
「融和問題に関する歴史的考察」より 著者:喜田貞吉
到ると教えたのであります。これがために何か不慮の災難にでも遭いますと、たちまち「
宍喰った報い」だという諺までができました。
宍とは肉のことです。 しかしながら、....