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「家兄〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

家兄の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
HUMAN LOST」より 著者:太宰治
無才、醜貌《しゅうぼう》の確然たる自覚こそ、むっと図太い男を創る。たまもの也。(家兄ひとり、面会、対談一時間。) 十二日。 試案下書。 一、昭和十一年十月十三....
恋を恋する人」より 著者:国木田独歩
浴室《ゆどの》へ行くと間もなく十八九の愛嬌のある娘が囲碁の室《へや》に来て、 「家兄《にい》さん、小田原の姉様《ねえさん》が参りました。」と淑《しとや》かに通ず....
中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
の洪邁であります。この家は、父の洪皓をはじめとして、せがれの洪※、洪遵、洪邁の一家兄弟、揃いも揃って名臣であり、忠臣であり、学者であること、実に一種の異彩を放っ....
見落されている急所」より 著者:宮本百合子
自身の文学修業の道を回想しているのである。農村の小地主の娘に生れ、物わかりのよい家兄のおかげで東洋大学にはいった作者が、その上級生の頃から文学的創作の慾望を感じ....
ひしがれた女性と語る」より 著者:宮本百合子
生活をすっかり改め、幸、裁縫が上手なのを利用して、或る小学校の教師になりました。家兄の許を離れ、自己の生活を営んで幾年か経つ間には、何時か、自分達の希望が遂げら....
私の覚え書」より 著者:宮本百合子
とした。そして、涼台に集って雑談に耽っていると八時頃、所用で福井市に出かけていた家兄が、遽しい様子で帰って来た。私共の呑気《のんき》な「おかえりなさい」と云う挨....
日記」より 著者:宮本百合子
土曜) 東京、横浜、房総の大震災。 九月四日(火曜) 午後四時五十分福井出発家兄、豊一氏等送ってくれる。 金沢で乗換え、信越線廻り、 切符は大宮迄、川口....
少年の食物」より 著者:木村荘八
が、正月のことで、今云ったモザイクの油絵が珍らしくてたまりませんでした。 当時家兄は、神田の京華中学へ通っていましたが、兄の中学の友人に伊藤? 何とか云う人が....
三国志」より 著者:吉川英治
のくせ、生半可な武力のある奴。――ゆく末、国家のためにならぬから、殺してくれと、家兄玄徳のところへ、曹操から依頼がきている。それでなくても平常から汝はこの張飛か....
三国志」より 著者:吉川英治
「なんだ、貴様がおれの手をひッぱってきたくせに」 「おれは、後でいうから」 「家兄。――きょうはそう呼ぶことをおゆるし下さい」 関羽は畑にひざまずいた。 「....
三国志」より 著者:吉川英治
そして羊を屠り山菜を煮て、その夜も酒宴をひらいた。 けれど関羽は、 「ここに家兄皇叔がおいであれば、どんなにこの酒もうまかろう。家兄を思うと、酒も喉を下らな....
三国志」より 著者:吉川英治
の不平を鳴らしたこともある。 「いったいあの孔明に、どれほどな才があるのですか。家兄には少し人に惚れこみ過ぎる癖がありはしませんか」 「否、否」 玄徳は、ふっ....
三国志」より 著者:吉川英治
たが、なおそれがしに対して、一片のご示命もなきは、いかなるわけでござるか。不肖、家兄に従うて、数十度の軍に会し、いまだ先駈けを欠いたためしもないのに、この大戦に....
三国志」より 著者:吉川英治
羽も答えにつまって、頭を垂れていたが、なお、急所を押されると、苦しまぎれに、 「家兄の皇叔には、べつに正当なご意見があることでしょう。それがしの与り知ることでは....
芝、麻布」より 著者:小山内薫
。別に、客員として、今では精神病の大家になった杉田直樹などがいた。 木村荘太の家兄が芝浜館の経営をしていた。そこで、荘太の斡旋で、そこの座敷の一つを時々編輯会....