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寄人
「寄人〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
寄人の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
はまるで野蛮人の巣だと言って、驚いていましたよ。そのかわり活気はあります。参政|
寄人というような新しいお公家様の政事団体もできたし、どんな草深いところから出て来....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
なかこまかい。それによると、今度の行幸については種々な風説が起こったとある。国事
寄人として活動していた侍従中山|忠光は官位を朝廷に返上し、長州に脱走して毛利真斎....
「魚玄機」より 著者:森鴎外
ずに、始終微笑を帯びて玄機の挙止を凝視していた。年は玄機より少いのである。 感懐
寄人 恨寄朱絃上。 含情意不任。 早知雲雨会。 未起※蘭心。 灼々桃兼李。 無妨....
「渋江抽斎」より 著者:森鴎外
道は去って名古屋県に赴いて、参事の職に就いたが、後明治二十三年九月三十日に御歌所
寄人を以て終った。また野村は後明治六年五月二十一日にこの職にいて歿したので、長門....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
託を聴き返ると信ぜられ、わが邦にも巫道に馬像を用いたらしく、『烏鷺合戦物語』に「
寄人は今ぞ寄せ来る長浜や、葦毛の駒に手綱ゆりかけ」てふ歌あり、支那人も本邦の禅林....
「明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
彼は大いに混乱もしたでしょう。兄の勘当が許されると、相続者は兄で、彼はその一介の
寄人にすぎなくなる。父の例に当てはめればその弟又吉は馬肉屋を開業させてもらっただ....
「十二神貝十郎手柄話」より 著者:国枝史郎
高橋成信(今は七ツ寺の大道売卜者)、青山家の浪人西郷忠英(今は寺町通りの往生寺の
寄人)、桑山家の浪人夏目主水(今は大道のチョンガレ坊主)、久世家の旧家臣鳥井克己....
「血曼陀羅紙帳武士」より 著者:国枝史郎
敷で、ああいう目に逢い、恐怖のあまり、暇も告げず、屋敷を逃げ出し、ここの五郎蔵の
寄人になったものらしい。同じ屋敷に泊まったものの、顔を合わせたことがなかったので....
「サンカ者名義考」より 著者:喜田貞吉
には、有馬温泉場の坂の者の名も見え、大乗院寺社雑事記には応仁・文明頃の奈良|符坂
寄人の事を坂衆・坂座衆、或いは坂者などとも書いてある。 かく地方によって種々の....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
のための百首を献じて、殊に宜しき由の御気色を賜わった。間もなく和歌所が設置されて
寄人に加えられた。翌四十一歳で十四年ぶりに左近中将に昇進した。後鳥羽院の下にあっ....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
よいことは思うておらぬが」 「なお、仰せには、赤橋守時さまのお骨折りにて、執事、
寄人、ほか歴々の間で、すでに内評定は相すみおれど、一応の吟味、或いは、対決などが....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
「ご帰館――」 とつたえ、また、 「中御所へ入御」 と側衆から、柳営諸所の
寄人だまりへふれわたされても、営中の、おもくるしいまでの緊張には、変化もなかった....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
、最高の裁可は、 記録所 で執り、ここの長官は卿相を以てすえ、なお“記録所ノ
寄人”としては、武家では、楠木正成、名和長年、伊賀兼光の三人だけが、その局に挙げ....
「俗法師考」より 著者:喜田貞吉
町・百万が辻子に続き、今の開化天皇陵の下に接している。今辻子には『坊目考』に府坂
寄人の子孫の移り住んだ所だといい、その府坂
寄人なるものは、同書にある人の説を引い....
「美しい日本の歴史」より 著者:吉川英治
すりながら一ト話ししてゆくことがままあった。 千葉さんは典型的な宮中の、つまり
寄人らしい風骨の歌人であった。明治から三代の天皇につかえたというのが何よりのご自....