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富山県
「富山県〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
富山県の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「漁村の婦人の生活」より 著者:宮本百合子
でないことは、大正八年に米の価が途方もなくあがったとき第一番にそれに反対したのが
富山県の漁夫のおかみさん達であったことからも判断出来る。 この三四年来は、さぞ....
「現代日本の思想対立」より 著者:戸坂潤
醸造の許可を得ることが出来ず(山梨県)、またぶどう汁にすれば大蔵省から課税され(
富山県)、馬鈴薯からのアルコール製造が許されなかったり(群馬県)、富士絹の販売は....
「黒百合」より 著者:泉鏡花
明治三十五年寅壬三月 一 「島野か。」 午少し過ぐる頃、
富山県知事なにがしの君が、四十物町の邸の門で、活溌に若い声で呼んだ。 呼ばれた....
「星女郎」より 著者:泉鏡花
、というに過ぎぬ。 けれども徒労でないのは、境の家は、今こそ東京にあるが、もと
富山県に、父が、某の職を奉じた頃、金沢の高等学校に寄宿していた。従って暑さ寒さの....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
分ビルの横通りで、立のき先出ているのは、栄太楼のほか唯一つ。それは何とかいう人が
富山県へ疎開したということです。タバコやもその横の露路も、焼けぼっくいの下に消え....
「取舵」より 著者:泉鏡花
|南無仏、南無仏と小声に唱名せり。 抜錨後二時間にして、船は魚津に着きぬ。こは
富山県の良港にて、運輸の要地なれば、観音丸は貨物を積まむために立寄りたるなり。 ....
「植物一日一題」より 著者:牧野富太郎
ではないかと思う。 明治七年(1874)十一月に当時の新川《にいかわ》県(今の
富山県の一部)で発兌《はつだ》になった『茶園栽培問答』と題する書物があって、同県....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
蔵されています。つまり交換製作といったような工合になったのです。 竹内友樹君は
富山県出身。私宅にて美術学校入学の下拵えをして、後に入学。卒業後、香川県の工芸学....
「越中劍岳先登記」より 著者:柴崎芳太郎
候に就きて、思い出し候|間、御参考までに別紙切抜き送り候、……なお小生のその後、
富山県庁の社寺課長より聞く所に拠れば、芦峅寺にては、劍山の道案内を知れる者有之候....
「手仕事の日本」より 著者:柳宗悦
陸道というのは、若狭、越前、これが福井県。加賀、能登、これが石川県。越中、これが
富山県。越後、佐渡、これが新潟県。以上の七国四県であります。昔はこの地方を「越」....
「穀神としての牛に関する民俗」より 著者:中山太郎
形式を残した田遊びの神事には、必らず牛が出るが、稀には生きた本物が出るのがある。
富山県|射水《いみず》郡|下村《しもむら》の加茂神社の春季祭に牛乗式が行われるが....
「雪」より 著者:中谷宇吉郎
である。更に局部的に言えば、新潟県では、高田、関山、田口、小千谷《おじや》辺に、
富山県では蘆峅寺《あしくらじ》、黒部峡谷《くろべきょうこく》等である。これらの場....
「こども風土記」より 著者:柳田国男
群馬県|吾妻郡 新潟県|高田市 同 南蒲原郡 同 中蒲原郡 同 佐渡相川
富山県|下新川郡 この表で明らかなように、だいたいにこの遊びの分布は西の方、こ....
「日本の伝説」より 著者:柳田国男
由来 珠洲郡上戸村寺社……………………………………………………………能登の一本木
富山県 上新川郡………………………………………………………………………立山と白山....
「『唯研ニュース』」より 著者:戸坂潤
かったのが残念である。旅館に帰って講演の準備なるものを大いにやろうとしていると、
富山県庁から吾々両人に敬意を表すべく警部さんが訪ねて来た。歓談数分に亘った後、後....