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寺町
「寺町〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
寺町の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「心中浪華の春雨」より 著者:岡本綺堂
ひたいをあつめてその趣向を練っていると、ここに又ひとつの新しい材料がふえた。大宝
寺町の大工庄蔵の弟子で六三郎《ろくさぶろう》という今年十九の若者が、南の新屋敷《....
「婦系図」より 著者:泉鏡花
、鈴虫の宿らしい。 いつも引籠勝で、色も香も夫ばかりが慰むのであったが、今日は
寺町の若竹座で、某孤児院に寄附の演劇があって、それに附属して、市の貴婦人連が、張....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
軒には笹龍胆の紋を打った古い幕が張ってある。堂の広さはわずかに二坪ぐらいで、修善
寺町の方を見おろして立っている。あたりには杉や楓など枝をかわして生い茂って、どこ....
「探偵夜話」より 著者:岡本綺堂
ばすぐにわかる通り、江戸時代から明治の初年にかけて高輪や伊皿子の山の手は、一種の
寺町といってもいい位に、数多くの寺々がつづいていて、そのあいだに武家屋敷がある。....
「異妖編」より 著者:岡本綺堂
りで、お貞という娘はその後どうしたか、それは何にも伝わっていない。 二
寺町の竹藪 これはある老女の昔話である。 老女は名をおなおさんといって、浅草....
「穴」より 著者:岡本綺堂
ばすぐにわかる通り、江戸時代から明治の初年にかけて高輪や伊皿子の山の手は、一種の
寺町といってもいい位に、数多くの寺々がつづいていて、そのあいだに武家屋敷がある。....
「あのころ」より 著者:上村松園
呉服商の「ちきり屋」にチナまなくともつけられたのではありましょうが…… 今でも
寺町の一保堂あたりにいぜんの面影が残っていますが、私の家の店は表があげ店になって....
「作画について」より 著者:上村松園
塾へ通い、長尾雨山先生の長恨歌などのお講義はよく聴いていたものでした。 また、
寺町本能寺にも漢学の研究会というものが出来、ひと頃そこへも漢学のお講義をきくため....
「軽女」より 著者:上村松園
いう、――通り言葉に想像される軽女には、わたくしは親しみは持てないが、(京都二条
寺町附近)の二文字屋次郎左衛門の娘として深窓にそだち、淑やかな立居の中に京娘のゆ....
「子供役者の死」より 著者:岡本綺堂
ほとんど骨と皮ばかりの哀れな姿で、故郷の江戸へ帰って来ました。六三郎の家は深川の
寺町にありました。それからどっと床について、あけて十七の春、松の内にとうとう死ん....
「おばけずきのいわれ少々と処女作」より 著者:泉鏡花
しく岐路に入った、今再び立戻って笑わるべき僕が迷信の一例を語らねばならぬ。僕が横
寺町の先生の宅にいた頃、「読売」に載すべき先生の原稿を、角の酒屋のポストに投入す....
「子供の霊」より 著者:岡崎雪声
私が十三歳の時だから、丁度慶応三年の頃だ、当時私は京都
寺町通の或る書房に居たのであるが、その頃に其頃の主人夫婦の間に、男の子が生れた。....
「淡島椿岳」より 著者:内田魯庵
べきは牛込の円福寺の本堂の格天井の蟠龍の図である。円福寺というは紅葉の旧棲たる横
寺町の、本との芸術座の直ぐ傍の日蓮宗の寺である。この寺の先々住の日照というが椿岳....
「随想」より 著者:上村松園
趣きで感慨殊に深きを覚ゆる。ずっと以前に如雲社という会が京都であって、確か毎月裏
寺町で開かれていたが、ここには京中の各派の社中の方々が思い思いの出品もされ、私も....
「寺町」より 著者:岩本素白
中の棺の上に、白無垢や浅黄無垢を懸け、ほんの僅かの人々に送られて、静かに山の手の
寺町を行く葬式を見るばかり寂しいものはないが、これこそ真に死というものの、寂しさ....