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「小牧〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

小牧の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
女生徒」より 著者:太宰治
。おととしの夏休みに、北海道のお姉さんの家へ遊びに行ったときのことを思い出す。苫小牧《とまこまい》のお姉さんの家は、海岸に近いゆえか、始終お魚の臭いがしていた。....
間諜座事件」より 著者:海野十三
玉川 砂子 大井 町子 御門 秋子 三条 健子 辰巳 鈴子 水町 静子小牧 弘子 六条 千春 ●フィナーレ 平河みね子 辰巳 鈴子 歌....
真田幸村」より 著者:菊池寛
元忠、井伊直政等に攻めさせた。 それを、昌幸が相当な軍略を以て、撃退している。小牧山の直後、秀吉家康の関係が、むつかしかった時だから、秀吉が、上杉|景勝に命じ....
小田原陣」より 著者:菊池寛
方へ内通して居ると云う謡言が、陣中にたった。尤も火のない所に煙は立たないもので、小牧山合戦以来未だ釈然たらざる織田信雄なんかが策動して、家康を焚き付けたことは想....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
もどうしたろう、そう言って吉左衛門などがうわさをしているところへ、豊川、名古屋、小牧、御嶽、大井を経て金兵衛親子が無事に帰って来た。そのおりの土産話が芝居好きな....
蒲生氏郷」より 著者:幸田露伴
しま》った。信雄は元来立派な父の子でありながら器量が乏しく、自分の為に秀吉家康の小牧山の合戦をも起させるに至ったに関わらず、秀吉に致されて直《じき》に和睦《わぼ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
飛騨を押えておらねばならぬ。飛騨を押えるのは、難事ではないが、目的は尾張にある。小牧《こまき》であり、大垣であり、岐阜であり、清洲《きよす》であり、東海道と伊勢....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
走 武田北条、左右に引受け 孤立の接戦、数ヶ度の敗軍 つくづく思えば涙がこぼれる小牧山なり、関ヶ原なり 大阪御陣も、眉に火のつく火急の接戦 夏は炎天 兜《かぶと....
鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
塾生は過半薩州人で、他に高松藩とか、鯖江藩とか、肥前鹿島藩とかの人もいた。塾長は小牧善次郎で、後昌業といって、現今は御侍講を勤めて誰れも知る人だ。また宮内省で久....
慈悲心鳥」より 著者:岡本綺堂
を折井刑事に捕縛されたりという。その職工は小せんの情夫にはあらず、情夫の朋輩にて小牧なにがしという者なり。田島さんの報告によれば、小牧は東京にて相当の生活を営み....
赤い牛」より 著者:田中貢太郎
いたのか、濠から駆けあがって、千曲川へ飛びこみ、箭のようにその流れを泳ぎ渡って、小牧山を乗り越え、それから須川の池へ身を隠してしまった。 今でもその替え乾の時....
人口論」より 著者:マルサストマス・ロバート
なければならぬことを即座に知るであろう。彼は少くとも、既に多くの家畜を飼っている小牧場と養い得る家畜の五十分の一も飼っていない大牧場とでは、これ以上家畜を飼う能....
香熊」より 著者:佐藤垢石
ヌの名射手三名に内地人の猛獣狩り専門家二名を加え、それに勢子二十人ほど集めて、苫小牧の奥、楢前山の中腹へ分け入り、今熊狩りの最中だ。四月上旬、吹雪のなかで一頭の....
望郷」より 著者:服部之総
なっているときいたとたんに私はおかしさがこみあげてきた。というのも国策パルプ、苫小牧《とまこまい》製紙、東洋高圧、帝国製麻、日本製鋼、北海道電力といった優良株を....
硝子を破る者」より 著者:中谷宇吉郎
。 ニセコの山頂でこの厄《やく》に遭《あ》っていたのと殆《ほと》んど同じ頃、苫小牧《とまこまい》の飛行場でも、悲しむべき事件が起っていた。戦争中私たちは冬のニ....