小禄[語句情報] » 小禄

「小禄〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

小禄の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
えな。いやしくも、正真正銘の大名が乗る金鋲駕籠《きんびょうかご》だったら、どんな小禄《しょうろく》のこっぱ大名だっても、お家の紋がねえはずあねえよ。しかるにもか....
名君忠之」より 著者:夢野久作
人までがその連れでは拙者、立つ瀬が御座らぬ。塙代与九郎の家は三百五十石、馬廻りの小禄とは申せ、先代|与五兵衛尉が、禁裡馬術の名誉以来、当藩馬術の指南番として、太....
菊模様皿山奇談」より 著者:三遊亭円朝
どうか斯うやって店借を致して、売卜者で生涯|朽果るも心外なことで、仮令何様な下役小禄でも主取りをして家名を立てたい心懸もござりますが、これという知己もなく、手蔓....
渋江抽斎」より 著者:森鴎外
土とするというのである。 渋江氏は原禄三百石であるから、中の上に位するはずで、小禄の家に比ぶれば、受くる所の損失が頗る大きい。それでも渋江氏はこれを得て満足す....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
。慷慨《こうがい》の気節もあり、縦横の奇才もないではないが、何をいうにも小藩の、小禄の家に生れたものだから、その生活の足し前として絵画を習い出したので、もとより....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
ポコ チャカポコ 藤堂《とうど》の爺《おっ》さん、早く出ないか 慶長頃まで五万の小禄 当家に仕えて三十余万の 国主といえども御譜代同様 国の異名《いみょう》にひ....
丹下左膳」より 著者:林不忘
!」 「来年の日光お手入れは柳生どのときまった!」 「伊賀の柳生は、二万三千石の小禄――これはチト重荷じゃのう」 いならぶ裃《かみしも》の肩さきが、左右に触れ....
開運の鼓」より 著者:国枝史郎
ただけ悲惨さは一層目に立った。 その本所の亀沢町に身分こそ徳川の旗本であったが小禄の貧しさは損じた門破れた屋敷の様子にも知れる左衛門太郎という武士があった。実....
赤格子九郎右衛門」より 著者:国枝史郎
のでした。 其時行手から人波を分けて侍が三人遣って参りましたが打見た所御家人か小禄の旗本と云ったようながさつな人品でございます。やがて人波に揉まれながら双方の....
旧藩情」より 著者:福沢諭吉
》として賤しむの勢《いきおい》を成せり。(教育を異にす) 第五、上士族の内にも小禄の貧者なきに非ざれども、概《がい》してこれを見れば、その活計は入《いる》に心....
落語・教祖列伝」より 著者:坂口安吾
といういかめしい姓名をもらった。 禄高は五石二人扶持という指南番にしては甚しい小禄であるが、オカへあがるとバカであるから、領下の民にサムライをバカにさせる気風....
雪柳」より 著者:泉鏡花
びは草葉の蔭と、雨に出て行く夜空の涙…… それから屋敷町の暗夜へ忍んだ、勿論、小禄らしい。約束の礫を当てると、男が切戸から引込んで、すぐ膝に抱く、泣伏す場面で....
宮本武蔵」より 著者:吉川英治
は今、彼の眼の前にあった。 浜田|寅之助は、三河出身の――いわゆる御譜代衆で、小禄でも今の江戸では、それだけで、随分大きな顔をしていられる幕士のひとりだった。....
醤油仏」より 著者:吉川英治
左様なことが出来るかどうか、心配に堪えませんので」 「おいおい左次さん、七十石の小禄でも、侍の息子じゃねえか。しっかりおしよしっかり。体が弱いと思ったら、日傭を....