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屋久
「屋久〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
屋久の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
ければならない。 その原本は少ない上に、価も廉くない。わたしは神田の三久(三河
屋久兵衛)という古本屋へしばしばひやかしに行ったが、貧乏書生の悲しさ、読みたい本....
「読書雑感」より 著者:岡本綺堂
尋ねなければならない。その原本は少い上に、価も廉くない。わたしは神田の三久(三河
屋久兵衛)という古本屋へしばしばひやかしに行ったが、貧乏書生の悲しさ、読みたい本....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
ろうか。菊五郎の河童の吉蔵ももちろん評判がよかった。最も不評であったのは福助の魚
屋久五郎で、初めから無理な役を引受けたのであるから気の毒であったが、魚屋よりも八....
「山椒魚」より 著者:北大路魯山人
山椒魚が偶然にも三匹ばかり手に入り、大いに美味く食べたことがある。その時は、すし
屋久兵衛が居合わせた。勉強熱心な彼は、 「是非私に庖丁を持たせてくれ」 と懇願....
「握り寿司の名人」より 著者:北大路魯山人
な性格にひとはおのずから惚れ込んで、彼の店にお百度を踏みつつあるのが現状だ。寿司
屋久兵衛の魅力は大したものである。寿司の魅力すなわち人間の魅力である。 しかし....
「フシギな女」より 著者:坂口安吾
生は日本中にダムをつくって廻る計画をたてておられる。只見川の次には紀州。それから
屋久島というように。私も昔から、どういう因果か、山で遊んでいると、ダムを思いだす....
「歴史と事実」より 著者:坂口安吾
以前新井白石の「西洋紀聞」によってシドチ潜入に就て小説を書いたとき、
屋久島はどんな島かしらと考えた。切支丹の事蹟を辿って天草までは行ったが、
屋久島は....
「塩原多助一代記」より 著者:三遊亭円朝
夜から引続き十一月まで追々繁昌致して居りました。すると其の隣りに明き樽買いの岩田
屋久八と申し、此の人は年三十九歳になる独身もので稼ぎ人でございます。多助も稼ぎ人....
「地球図」より 著者:太宰治
にして三年目のことであった。 宝永五年の夏のおわりごろ、大隅《おおすみ》の国の
屋久島《やくしま》から三里ばかり距《へだ》てた海の上に、目なれぬ船の大きいのが一....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
靱負
町奉行兼物頭 山田一郎右衛門
船奉行 高崎五郎右衛門(高崎正風の父)
屋久島奉行 吉井七郎右衛門
裁許掛見習 山口及右衛門
同 島津清太....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
て一斉にお世辞をふりかけると、七兵衛は丁寧に頭を下げて、 「あの、こちら様は山岡
屋久右衛門様でござりましょうな」 「はい、手前は山岡
屋久右衛門でござい」 小僧....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
て結局酒を飲ませるといって附近の料理屋の二階へ連れ込む。 同じ幕の二場。 桝
屋久兵衛という立派な料理屋の二階。八人の若侍が薄馬鹿の重太郎を囲んでしきりに嘲弄....
「早耳三次捕物聞書」より 著者:林不忘
も本所の者で、何の関係もないと言い張った。 この時だった! 堅人で通っていた質
屋久兵衛の頭へ、万破れることのない奸計《かんけい》が浮んだのは。 黒子といい、....
「渋江抽斎」より 著者:森鴎外
る厚かった。渋江の家に出入する中で、職人には飾屋長八というものがあり、商人には鮓
屋久次郎というものがあった。長八は渋江氏の江戸を去る時|墓木拱していたが、久次郎....
「山の人生」より 著者:柳田国男
使っても使ってもなくならぬ。すなわちいわゆる尽きぬ宝であった。 また大隅海上の
屋久島は、九州第一の高峯を擁して、山の力の今なお最も強烈な土地であるが、島の婦人....