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山内容堂
「山内容堂〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
山内容堂の前後の文節・文章を表示しています。該当する10件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「諸国の玩具」より 著者:淡島寒月
た事がありました。奥山見世物の開山は椿岳で、明治四、五年の頃、伝法院の庭で、土州
山内容堂公の持っていられた眼鏡で、普仏戦争の五十枚続きの油画を覗かしたのでした。....
「鳥羽伏見の戦」より 著者:菊池寛
暴露された。この時既に長州は薩摩と連合して討幕の計画を廻らしていた。 温健派の
山内容堂は、幕府の命運既に尽きたるを察して、幕府をしてその終りを全うせしむる意味....
「大捕物仙人壺」より 著者:国枝史郎
と思うなら、当時の歴史を調べなければならない。 慶応三年九月であったが、土佐の
山内容堂侯は、薩長二藩が連合し討幕の計略をしたと聞き、これは一大事と胸を痛めた。....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
間接な主人ながらに縁故の深い尾張藩主(徳川|慶勝)をはじめ、一橋慶喜、松平春嶽、
山内容堂、その他安政大獄当時に幽屏せられた諸大名も追い追いと謹慎を解かれる日を迎....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
理太夫をはじめ、毛利長門守、細川越中守、浅野安芸守、松平大蔵大輔(春嶽)、それに
山内容堂などの朝廷守護の藩主らが連署しての建議にもとづき、当時の急務は外国との交....
「艸木虫魚」より 著者:薄田泣菫
つも自用の酒を瓢に詰めて、片時もそれを側より離さなかった。 ある時、土佐の藩主
山内容堂から席画を所望せられて、藩邸へ上った事があった。画がすむと、別室で饗応が....
「春心」より 著者:田中貢太郎
のために、一札をとるのだ、さあ、書きやがれ」 その日|午近い比であった。広巳は
山内容堂の墓地のある間部山の近くを歩いていた。広巳の気もちは混沌としていた。広巳....
「鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
の十月で、この時は既に薩長へ向って討幕の内勅が下っていた時である。間もなく土州の
山内容堂公は後藤、福岡等を以て慶喜将軍に大政奉還を勧めらるることになって、それに....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
二十九歳 伊藤俊輔 二十六歳 品川弥二郎 二十五歳 坂本竜馬 三十三歳
山内容堂 四十歳 徳川慶喜 三十歳 島津久光 五十歳 毛利元徳 ....
「明治美人伝」より 著者:長谷川時雨
く》の誇りをとどめた才色兼美の女で、廃藩置県のころの諸侯を呼びよせたものである。
山内容堂《やまのうちようどう》侯は彼女に、その頃としては実に珍らしい大形の立鏡《....