山荘[語句情報] »
山荘
「山荘〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
山荘の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「俊寛」より 著者:芥川竜之介
げ去った事、京極《きょうごく》の御屋形《おやかた》や鹿《しし》ヶ|谷《たに》の御
山荘も、平家《へいけ》の侍に奪われた事、北《きた》の方《かた》は去年の冬、御隠れ....
「土曜夫人」より 著者:織田作之助
輩扱いにして、鼻であしらい、ことごとに反撥したので、東条軍閥に睨まれて、軽井沢の
山荘に蟄居し、まったく政界より没落していた。 ところが、終戦直前のある日、鉱三....
「玉藻の前」より 著者:岡本綺堂
ので、浮かれた蝶はその衣《きぬ》の香を追うに忙しかった。 関白忠通卿が桂の里の
山荘でも、三月のなかばに花の宴《うたげ》が催された。氏《うじ》の長《おさ》という....
「俊寛」より 著者:菊池寛
姿がまばろしのように、胸の中に浮んでくる。それから、京極の宿所の釣殿や、鹿ヶ谷の
山荘の泉石のたたずまいなどが、髣髴として思い出される。都会生活に対するあこがれが....
「闖入者」より 著者:大阪圭吉
な一枚の絵を描き残したまま卒然として怪しげな変死を遂げてしまったのは、この静かな
山荘の、東に面した二階の一室であった。 それは春も始めの珍しく晴渡った日の暮近....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
庭から北に見渡される戸山ヶ原には、春らしい青い色はちっとも見えなかった。尾州侯の
山荘以来の遺物かと思われる古木が、なんの風情も無しに大きい枯れ枝を突き出している....
「中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
をつとめて評判のよかった人でありますが、年四十にして官途を辞し、江寧の小倉山下に
山荘を作って小倉山房といい、その庭園を随園と名づけましたので、世の人は随園先生と....
「密林荘事件」より 著者:海野十三
主の息子である柴谷青年ただ一人が有るのみであった。この柴谷青年は、熊井と共にこの
山荘に来ていた者である。 旗田警部からの呼出しで、その柴谷青年は役所へやって来....
「千早館の迷路」より 著者:海野十三
して貰って、裏庭までそだを取りに行った。 やがて彼は一抱えのそだを持って、この
山荘風の応接室に戻って来た。しばらく使わなかった暖炉の鉄蓋をあけ、火かき棒を突込....
「郊外生活の一年」より 著者:岡本綺堂
庭から北に見渡される戸山が原には、春らしい青い色はちっとも見えなかった。尾州侯の
山荘以来の遺物かと思われる古木が、なんの風情もなしに大きい枯枝を突き出しているの....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
の名は今では知らないものはない。満洲朝滅亡後北京の舞台を去って帰朝し、近年浅間の
山荘に雌伏して静かに形勢を観望しているが、川島の名は粛親王の姻親として復辟派の日....
「エリザベスとエセックス」より 著者:片岡鉄兵
めながら、戦わずして誰が退こうと決意するのだった。 女王がロオド・ウォリックの
山荘へ臨行して滞在しているとき、ラレイはエリザベスの心を掻き乱すことに成功した。....
「宝永噴火」より 著者:岡本かの子
、さすがに馬翁の学識の広さが判った。書物の種類は、詩に関するもののほか、儒仏、老
山荘百家に亙っていた。見聞の狭い慧鶴青年にはまるで世界の知識の種本が蒐められてい....
「俗法師考」より 著者:喜田貞吉
は、城州西梅津と、遠州掛川と、近江大原村との例でわかるが(『郷土研究』三巻二号「
山荘太夫考」)、掛川の算所が後年一寺を創立して、仏徒になりすましている(『掛川志....
「茂吉の一面」より 著者:宇野浩二
究に憂き身をやつして、『鴨山考補註篇』を書くことに没頭し、その年は、箱根の強羅の
山荘で、人麿の歌集の評釈を書きつづけた。その時分の茂吉の歌に、「一とせを鴨山考に....