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「岐の〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

岐のの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
思い出の記」より 著者:小泉節子
宿屋よりも、こんなのがかえって気に入りました。それですから、私が同意致したら、隠岐の島で海の風に吹かれてまだまだ長くいたでございましょう。飛騨の山中を旅して見た....
耽溺」より 著者:岩野泡鳴
て死んだものらの腐った肉のにおいが聴かれるようだ。 僕は、――たとえば、伊邪那岐の尊となって――死人のにおいがする薄暗い地獄の勝手口まで、女を追っているような....
白蛇の死」より 著者:海野十三
、さすがに青年は此の年輩の技手に対して、赤い顔をした。が、何れにしても今の場合土岐の力を借りるより外、この気の弱い青年には縋るものが無かったので、前後も無く早口....
自叙伝」より 著者:大杉栄
に集まるようにと言われた。 元来僕にはこの「国」という観念が少しもなかった。讃岐の丸亀に生れてそこを少しも知らず、尾張に本籍があってそこも碌に知らず、そして「....
続獄中記」より 著者:大杉栄
なぞがしきりに思い出される。 元来僕には故郷というものがない。 生れたのは讃岐の丸亀だそうだ。が、生れて半年経つか経たぬうちに東京へ来た。そして五つの時に父....
唄立山心中一曲」より 著者:泉鏡花
とどうにかしたのがありましょう。」 実は、この段、囁き合って、ちょうどそこが三岐の、一方は裏山へ上る山岨の落葉の径。一方は崖を下る石ころ坂の急なやつ。で、その....
鎮西八郎」より 著者:楠山正雄
で、ただ一人近江の方へ落ちて行きました。 その後、新院はおとらわれになって、讃岐の国に流され、頼長は逃げて行く途中だれが射たともしれない矢に射られて死にました....
日本文化私観」より 著者:坂口安吾
仕方がない。問題は、伝統や貫禄ではなく、実質だ。 伏見に部屋を見つけるまで、隠岐の別宅に三週間ぐらい泊っていたが、隠岐の別宅は嵯峨にあって、京都の空は晴れてい....
梟雄」より 著者:坂口安吾
、彼女はすでに頼芸のタネを宿していた。したがって最初に生れた長男の義龍は、実は土岐の血統だった。 もっとも、この事実の証人はいなかった。ただ義龍がそう信じたに....
姫柚子の讃」より 著者:佐藤垢石
あるけれど、これはどこから到来したのであるかと鎌倉の釣友に問うたところ、やはり讃岐の友から送って貰ったのであると答えた。そこで私は、阿波の国の友人の身の上を思っ....
迷信解」より 著者:井上円了
釜鳴り等、鬼神の威光に託して、巫覡等の愚民を欺き、銭を求むるの術とす。そのほか讃岐の金比羅、大和の大峰など種々の霊怪を唱え、また稲荷、不動、地蔵を祀り、吉凶を問....
手長と足長」より 著者:喜田貞吉
ない。 手長という語の出来たのはすこぶる古い。既に文徳天皇嘉祥三年において、壱岐の手長男神・手長姫神が官社に列せられたのを以てみても察せられる。既にこれを手長....
間人考」より 著者:喜田貞吉
な記録的例証を知らない。願わくば同地の博識の報告を得たいものである。 最近に隠岐の横地満治君から同国における類例の報告に接した。甚だ有益なるもので、しかも未だ....
古事記」より 著者:太安万侶
次にイナヨリワケの王は、犬上の君・建部の君等の祖先です。次にタケカヒコの王は、讚岐の綾の君・伊勢の別・登袁《とお》の別・麻佐の首《おびと》・宮の首の別等の祖先で....
融和問題に関する歴史的考察」より 著者:喜田貞吉
りました。その「エトリ」の語が、訛って「エト」となり、さらに「エタ」ともなる。讃岐の鵜足郡の名が訛って、ウタ郡となったと同じ訛り方です。そしてそのエタすなわち屠....