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岩下
「岩下〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
岩下の前後の文節・文章を表示しています。該当する12件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「十二支考」より 著者:南方熊楠
|迸《はし》り出るをガラテアがエトナ山下のアキス川に化したという。実はこの小河が
岩下より出る故作り出した話だろ(スミス『希臘羅馬人伝神誌字彙《ジクショナリ・オブ....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
噂をなんと思う」 こう云って一座の若者らを見渡したのは、鰻縄手に住む奥州浪人の
岩下左内であった。追分から浅嘉町へ通ずる奥州街道の一部を、俗に鰻縄手という。その....
「鳥羽伏見の戦」より 著者:菊池寛
久保のために、容れられず、両派の論争激越を極め、一時休憩となったが、その時薩藩の
岩下佐次衛門は、退席していた西郷隆盛に計ったところ、隆盛泰然として「口先では、果....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
十八年二月、大坂において 日本在留 仏国全権レオン・ロセス ともかくも、五代、
岩下らの働きから、十七日の朝八時とは言わないで、正午まで待ってもらうことにした。....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
打ち際に棲《す》む蜈蚣二属二種あり、四十年ほど前予毎度和歌浦の波止場の波打ち懸る
岩下に小蜈蚣あるを見た、今日は既に命名された事と想う、さて貝原先生の『大和本草』....
「鷲」より 著者:岡本綺堂
っている位である。おととしは十月の二十日の暮れがたに姿をあらわしたのを、鉄砲方の
岩下重兵衛が撃ち損じた。去年は十一月の八日の真昼に姿をあらわしたのを、鉄砲方の深....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
?」
垣根の外に、又人影が見えて
「来とおるか」
と、叫んで、堀仲左衛門と、
岩下佐次右衛門とが、入って来た。
「斉彬公が、将曹を罰せん、という御心――いつか....
「一世お鯉」より 著者:長谷川時雨
頂で、勢いは隆々としていた。多くの政客も無論出入していた。大阪の利者《きけもの》
岩下は最も頻繁《ひんぱん》に伺候していた一人である。 秋風一度吹いて、天下の桂....
「藪の鶯」より 著者:三宅花圃
おり色白く。目もとは尋常に見ゆれども。どこともなくするどきところありて。いわゆる
岩下の電《いなずま》ともいわまほし。口はむしろ小さすぎたるほどなるに。いささか八....
「チベット旅行記」より 著者:河口慧海
から北の方の山に登りますと大きな白大理石がある。その大理石の山のようになって居る
岩下にまた大きな霊泉がある。その名をチュミク・トンガア・ランチュン(見歓自然生泉....
「日本の伝説」より 著者:柳田国男
おります。そうしてそのかけらを持って来て、逆さに置いたのがこれだといって、隣りの
岩下の部落には逆岩という高さ八丈、周り四十二丈ほどの大きな岩が今でもあります。 ....
「美人鷹匠」より 著者:大倉燁子
何も答えなかった。 一人の刑事は女の身許を洗って来て、司法主任へ報告した。 「
岩下ハナ、二十七歳、前科があります。窃盗犯で、出所したばかりです」 「連れの男は....