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「岩井〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

岩井の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
を取ろうとはしなかったので、その噂は日ましに広がって行くばかりであった。 神田岩井|町《ちょう》の山卯《やまう》という材木屋の雇い人に喜平という若者があった。....
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
「若主人は金兵衛、三十歳。若いおかみさんはお雛、二十六歳。若いおかみさんの里は、岩井町の田原という材木屋でございます」 「お乳母《んば》さんは」 「お福と申しま....
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
吉と申します」と、十三四の小僧が恐れ入って答えた。 「そっちの幽霊は何者だ」 「岩井三之助と申します」と、幽霊は細い声で答えた。彼は両国の百日芝居の女形であった....
海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
とと同情したが、何の風情もない。わずかに一切れの手製パンに、先日岡東より貰った小岩井のバターをつけ、砂糖なしの紅茶を出して、気をまぎらして貰った。 五月二十四....
寄席と芝居と」より 著者:岡本綺堂
時、河内山宗俊(団十郎)片岡直次郎(菊五郎)金子市之丞(左団次)大口屋の三千歳(岩井半四郎)という顔ぞろいで、いずれも好評を博したと云うことも確かに一つの原因で....
大鵬のゆくえ」より 著者:国枝史郎
十郎を筆頭とし仁木弾正を最得意とする五代目松本幸四郎、市川|男女蔵、瀬川菊之丞、岩井半四郎は云うまでもなく坂東三津五郎も名人として空前の人気を博していた。 「三....
人魚謎お岩殺し」より 著者:小栗虫太郎
いざ知らず、この一座には四谷は北向きなのさ」 と壁に貼り付けてある写楽の絵で、岩井喜代太郎が扮している、「関本おてる」の色刷を見て、 「だいぶ安手な写楽のよう....
夢のお七」より 著者:岡本綺堂
七の墓はよほど荒廃していたらしい。お七の墓が繁昌するようになったのは、寛政年中に岩井半四郎がお七の役で好評を博した為に、円乗寺内に石塔を建立したのに始まる。要す....
役者の一生」より 著者:折口信夫
は江戸へ来た始めから、上方の女形として下った家柄である。五代目が田之助或は先輩の岩井半四郎などの芸をよく見ていたのは、尾上家の伝統を正しく襲ぐ者であった。一つに....
最初の出品画」より 著者:上村松園
驚くほどの多額でした。 何しろその時京都から出品したのは、私のほかにと言っては岩井蘭香さんがおられたくらいのもので、蘭香さんは当時もう六十歳くらいの御年齢でし....
明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
居見物――初めて書く劇評――各社の劇評家――小芝居見物は破格 男女合併興行の許可岩井粂八――女団洲――突然の許可――何らの反響なし――老いたる女役者 菫坡老人と....
源之助の一生」より 著者:岡本綺堂
得るかも知れない。 江戸末期より明治の初年に亘って、名女形として知られた八代目岩井半四郎は、明治十五年二月、五十四歳を以て世を去った。源之助がその年の冬、四代....
明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
たる京橋に打って出づることを企てしは、守田勘弥の慧眼というべし。 ○二月、二代目岩井紫若、八代目半四郎と改名す。 ○五月、中村座の大切浄瑠璃に「音響曲馬鞭」を上....
私の履歴書」より 著者:浅沼稲次郎
んと分らない。いまから考えると全く無茶な話だ。当時市ヶ谷には堺利彦、徳田球一、小岩井浄、田所輝明など第一次共産党事件関係者などもいて警戒は厳重、看守の態度もきわ....
自来也の話」より 著者:岡本綺堂
傑|譚話」――主なる役割は児雷也(団十郎)、妖婦越路、傾城あやめ、女巡礼|綱手(岩井粂三郎)、高砂勇美之助、大蛇丸(嵐|璃寛)などであった。 この脚色者は黙阿....