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「嶄〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

嶄の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
星座」より 著者:有島武郎
(Sansbakamism)と呼ぶだ。 「矢部さんの講義は何んといっても異色だ。然《ざんぜん》足角を現わしている。経済学史を講じているんだが『富国論』と『資本....
吾輩は猫である」より 著者:夏目漱石
じめ殺されて満足するものではない。必《かなら》ずや死に方に付いて種々考究の結果、新《ざんしん》な名案を呈出するに違ない。だからして世界|向後《こうご》の趨勢《....
思想と風俗」より 著者:戸坂潤
ではただの匍匐的リアリズムやトリビアリズムやミミクリーに終るべきものが、映画では然たる芸術的鋒鋩を現わすのだ。自然現象に関して云えば、スクリーンは世界の物性の....
霊訓」より 著者:浅野和三郎
義 第十章 進歩的啓示 第十一章 審神の要訣 解説 近代の霊媒中、然一頭地を抽いて居るのは、何と言ってもステーントン・モーゼスで、その手に成れる....
再び科学的精神について」より 著者:戸坂潤
容とする。教学的な教育が即ちそれ自身の内容をなすという構造は、教学特に東洋教学の然たる固有特色なのである。 だが之を以て学と実践との統一とか相即とかと思って....
大正女流俳句の近代的特色」より 著者:杉田久女
や秋夜の壁によりかかり みどり 之等は材料は有きたりの物乍ら、取扱い描出が新である。時雨の季感は従であって、此句の主眼は餅をやいてる子供らなのである。襷....
紅白縮緬組」より 著者:国枝史郎
ほととぎす 狭斜の巷の情と景とを併わせ備えた名句として、其角の無数の秀句の中で然頭角を現わしているこの「ほととぎす」の一句こそはこういう事情の下に出来上がっ....
幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
が幼稚なもので、今であったら彫り直したい位に感じますが、当時はこうした作風はまず新であって、動物を取り扱うことはこれまでもあるとしても、その行き方が従来の行き....
八犬伝談余」より 著者:内田魯庵
馬琴の日記 『八犬伝』が日本の小説中飛び離れて挺んでている如く、馬琴の人物もまた然として卓出している。とかくの評はあっても馬琴の如く自ら信ずるところ厚く、天下....
今昔茶話」より 著者:国枝史郎
以って、堂々と振舞い、談笑の間に折衝し着々と自国の利益を計りながら各国使臣の間に然頭角をあらわし、尊敬のマトとなった。仏国外相のタレーランの如きは、もっとも彼....
ノンシャラン道中記」より 著者:久生十蘭
て、諸君にお集まりを願ったというのは、諸君の智慧を拝借して、モン・ブラン登山の、新《ざんしん》奇抜《きばつ》な方法を発見したいためなんです。しかし、ちょっとお....
江戸芸術論」より 著者:永井荷風
は宝暦年代にありては鳥居清満《とりいきよみつ》と拮抗《きっこう》し、明和に入りて然《ざんぜん》として頭角を現はすや、当時の浮世絵は悉《ことごと》く春信風となれ....
周防石城山神籠石探検記」より 著者:喜田貞吉
に達した。山は海抜三百五十二メートル、さして高いと云えぬながらも、群小諸山の間に然頭角を現わしている。南口より上り、石城神社の楼門を見、妙見宮のほとりに至れば....
西航日録」より 著者:井上円了
られたるも、その強さたるや虚強にして実強にあらず。これをインド、シナに比するに、然頭角をあらわすところあるも、これを欧米に較するに、なおはるかにその後に瞠若せ....
黒部川奥の山旅」より 著者:木暮理太郎
し懸るように聳えているのが大鷲の嘴のように鋭い。左右の肩から胸のあたりへかけて、岩の列が凄まじい岩の大波を捲き起している。唯だ頂上直下から早月川の谷へ引き下ろ....