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師友
「師友〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
師友の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「百物語」より 著者:森鴎外
が今は慥かに傍観者になっている。しかしどうしてなったのだろうか。よもや西洋で僕の
師友にしていた学者のような、オルガニックな欠陥が出来たのではあるまい。そうして見....
「鶴は病みき」より 著者:岡本かの子
東京から来て麻川氏の部屋のメンバーになった。噂によれば夏目漱石先生が津田青楓氏を
師友として居た以上K氏と麻川氏は親愛して居るのだそうだ。K氏は、頭を丸刈にしたこ....
「近時政論考」より 著者:陸羯南
派は他年の民権説に端啓を与えたるや疑うべからず。しかして当時にありては第一にその
師友たりし国権論派の反対を受けただ一時の空論と見做されて止みぬ。これ豈に気運のい....
「渋江抽斎」より 著者:森鴎外
敷に伺候した。 天保十一年は十二月十四日に谷文晁の歿した年である。文晁は抽斎が
師友を以て遇していた年長者で、抽斎は平素|画を鑑賞することについては、なにくれと....
「梅津只円翁伝」より 著者:杉山萠円
通用しなくなっていた時代であった。 人々は吾国固有の美風である神仏の崇拝、父母
師友の恩義を忘れて個人主義、唯物主義的な権利義務の思想に走ること行燈とラムプを取....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
行成《こうぜい》だの、弘法大師だの、或いはまた羲之《ぎし》、献之《けんし》だのを
師友としているところを見れば、彼も生れながらの悪人ではないと思わずにはいられませ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
細の方の楷書は、まだ手前共の歯に合うものでないとしてしまって、暫くこの肉太の方を
師友として、あがめ侍《かしず》くようにしようとの課目をきめてしまったようです。 ....
「獄中消息」より 著者:大杉栄
におおいにソシオロジイの研究をしようと思っていたが、あるいはその時にはもうこの良
師友に接することもできぬかも知れんのか。まず何よりも摂生を願う。足下もできるだけ....
「文学精神は言う」より 著者:豊島与志雄
果としての廃墟が吾々の眼前に拡がっている。ただに日本ばかりではない。日本の文化的
師友だったヨーロッパも既に廃墟である。日本と文化的血縁の濃い中国も、既に荒蕪して....
「次郎物語」より 著者:下村湖人
来る「時代」の試煉であった。私は、これまで、次郎が、家庭や、学校や、せまい範囲の
師友の間に生活する姿だけを記録して来たが、彼がそうした大きな時代を迎えることにな....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
範一君とが私に気骨の稜々とした或る美しさを影響したことは争われない。年少時代には
師友のひとつの個性、性格の生きた雛型程その力と美しさとを感染さすものは無いのだ。....
「新西遊記」より 著者:久生十蘭
もの以外には食わぬこと、日本人としての一切の地縁と血縁を放下し、今生では父母兄弟
師友と相見《あいまみ》えないこと、結願の暁には、ラマ宗徒が聖地とあがめているとこ....
「植物一日一題」より 著者:牧野富太郎
してそれが染料になるものでなければならないはずだ。それでは何であろうか。 私の
師友であった碩学の永沼小一郎氏は、ツチハリをゲンゲ(レンゲバナ)だとせられていた....
「慶応義塾の記」より 著者:福沢諭吉
うまい》の世なれば、書籍《しょじゃく》はなはだ乏《とぼ》しく、かつ、これを学ぶに
師友なければ、遠く長崎の訳官についてその疑を叩《た》たき、たまたま和蘭人に逢わば....