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「常語〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

常語の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
弓町より」より 著者:石川啄木
ならぬではなかろうか。 詩は古典的でなければならぬとは思わぬけれども、現在の日常語は詩語としてはあまりに蕪雑《ぶざつ》である、混乱している、洗練されていない。....
創生記」より 著者:太宰治
ットヒライテ、スネノ蚊、追イ払ウ。「ナルホド、ソレモ一理窟。」日本、古来ノコノ日常語ガ、スベテヲ語リツクシテイル。首尾ノ一貫、秩序整然。ケサノコノ走リ書モマタ、....
日本イデオロギー論」より 著者:戸坂潤
つは文化史上に於ける啓蒙期の所謂「啓蒙」であり、一つは今日一般世間で啓蒙という日常語を以て云い表わす処の夫である。二つのものの間には無論根本的な連関があるのだが....
現代唯物論講話」より 著者:戸坂潤
物質――を何より先に思い起こさせるという事情は、無理ではない*。更に之が坊間の日常語としては、欲情や所有物や金銭を意味するようになったことには、充分な理由があり....
認識論とは何か」より 著者:戸坂潤
第一章 認識について 認識という言葉は今日では、殆んど完全に日常語となっている。元来日本の哲学用語は、大部分欧米語からの直訳であり、そうでなけ....
思想としての文学」より 著者:戸坂潤
系である術語に就いても、特殊な条件を持っている。と云うのは、哲学に於ては術語と日常語との間には、いつまでも極めて直接な連関が保たれているべきなのである。無論どう....
明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
で、肩からの全部ではない。昔はたしかにそうだった。 けれども今日通用している日常語の腕は肩から先の手の全部をさすのが普通で、腕と手は同じ意味である。そして、ヒ....
空間概念の分析」より 著者:戸坂潤
定していないということを云おうと欲したのではない。そうではなくして正に、それが日常語として、――そして日常語の常として――一定していないことを指摘したかったので....
あるニュウ・フェイスへの手紙」より 著者:岸田国士
ければならぬ一面がありそうです。 僕はいつでも思うのですが、実際、われわれの日常語は、どうしてこうまで「ムダな言葉」に満たされているのかと不思議なくらいだ。そ....
歌の円寂する時」より 著者:折口信夫
きそうに見えながら、態度はその反対に、極めて関心のないものであった。その平明な日常語を標準とした表現と、内容としての若干の「とぼけ」趣味が、彼の歌を新詩社一流の....
クリティシズムと認識論との関係」より 著者:戸坂潤
・品隲のようなものを除外するならば、クリティシズムは嗤うべきスコラ用語となる。日常語と哲学用語とで同じ言葉の意味が全く別な無関係なものになるとしたら、之ほど無意....
哲学の現代的意義」より 著者:戸坂潤
フ達一派の哲学術語の整頓の事業とは比較にならぬ社会的リアリティーを含んでいる。日常語に如何に含蓄ある而も厳正な用法を与えるかというのが、ヘーゲルのカテゴリー論を....
二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
ずる露語学者の特殊の使命というような事を語学を教授する傍ら常に怠たらず力説し、尋常語学の学習以上に露語学者としての特殊の気風を作るに少からず腐心した。同時に露語....
審判」より 著者:カフカフランツ
た。 それでKは支店長と別れた。まだ残っている時間は、伽藍への案内に必要な、日常語ではない言葉を辞書から書き抜いて過した。これはきわめて厄介な仕事だった。小使....
えぞおばけ列伝」より 著者:作者不詳
英雄詞曲の中では「サランペ・ポン・チピ」(絹の小舟)とも呼ぶ.シンタは北海道の日常語では揺籠をさす.古謡の中では,神々はこれに乗って天空を自由に駆けめぐるように....