年の市[語句情報] » 年の市

「年の市〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

年の市の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
あらくれ」より 著者:徳田秋声
は顧客《とくい》まわりをして、夜になると能《よ》く小野田と一緒に浮々した気分で、年の市などに景気づいた町を出歩いたり、友達のようになった顧客先の細君連と、芝居へ....
三浦老人昔話」より 著者:岡本綺堂
は大手をふって屋敷を出てゆく。そのうちに一つの事件が出来した。というのは、文久二年の市村座の五月狂言は「菖蒲合仇討講談」で、合邦ヶ辻に亀山の仇討を綴じあわせたも....
うつり香」より 著者:近松秋江
に好い情人気取りで見舞かたがた顔を見にいった。 平常でさえ賑やかな人形町通りの年の市はことのほか景気だって、軒から軒にかけ渡した紅提燈の火光はイルミネーション....
足迹」より 著者:徳田秋声
た。磯野も褞袍などを着込んで、火鉢の前に構え込んでいた。その前にも、お庄は天神の年の市に二人一緒に歩いているところを人中で見つけて、一度お増に突っかかって行った....
」より 著者:徳田秋声
だ。」などと笑ってすました。 十七 ある晩浅井とお増とが、下町の方の年の市へ行っている留守の間に、いきなり細君が押し込んで来た。 お増の囲われた家....
鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
十二月二十四日愛宕の市《いち》へ、私のうちの下部《しもべ》は正月の買物に行った。年の市は所々の宮寺にあったが、愛宕の年の市は芝辺では最も盛んで、藩邸の者もこの市....
塩原多助一代記」より 著者:三遊亭円朝
、八右衞門が始めて江戸へ出て参りました。頃は宝暦十二年十二月の十五日、深川八幡の年の市で、其の頃は繁昌致しましたもので、余り込み合うから八右衞門は田舎者の事です....
俳人蕪村」より 著者:正岡子規
五九五調、五十五調の句 およぐ時よるべなきさまの蛙かな おもかげもかはらけ/\年の市 秋雨や水底の草を蹈み渉《わた》る 茯苓《ぶくりゃう》は伏かくれ松露《しょ....
亡びゆく花」より 著者:岡本綺堂
て、東京市内にこれだけの生垣を見るのは珍しいといわれていたのであるが、明治二十四年の市区改正のために、その生垣の大部分を取除かれ、その後もだんだんに削り去られて....
年賀郵便」より 著者:岡本綺堂
以後から開場するのが明治時代の習いであった。それが近年は元日開場の各劇場満員、新年の市中寂寥たるも無理はないのである。 忙がしい世の人に多大の便利をあたえるの....
淡島椿岳」より 著者:内田魯庵
てるそうだ。 喜兵衛は狂歌の才をも商売に利用するに抜目がなかった。毎年の浅草の年の市(暮の十七、八の両日)には暮の餅搗に使用する団扇を軽焼の景物として出したが....
宮本武蔵」より 著者:吉川英治
武蔵は、あきらめて、町のほうへ戻りかけた。町の空には、夕靄がこめて、その靄が、年の市の灯りでうす赤く見えるのだった。 大晦日の夕ぐれである。どことなく騒音の....
春泥」より 著者:久保田万太郎
は、もう、その時分だったら知らないものでも先方から頭を下げて来ました。」 ……年の市の昨日にすぎた今日。――そうでなくっても一段落ついた感じに、このあたりどこ....