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年余
「年余〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
年余の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「偸盗」より 著者:芥川竜之介
濃は、罪の無いのが明らかになったので、さっそく自由の身にされた。
それから、十
年余りのち、尼になって、子供を養育していた阿濃は、丹後守何某《たんごのかみなにが....
「将軍」より 著者:芥川竜之介
ついたハヴァナを啣《くわ》えながら、ぼんやり安楽椅子によりかかっていた。
二十
年余りの閑日月《かんじつげつ》は、少将を愛すべき老人にしていた。殊に今夜は和服の....
「東海道五十三次」より 著者:岡本かの子
か、こういう寒空にも」 と言って、漂浪者の身の上を想ってみた。 それから二十
年余り経つ。私は主人と一緒に名古屋へ行った。主人はそこに出来た博物館の頼まれ仕事....
「千年後の世界」より 著者:海野十三
詰にしたようなものである。 彼フルハタは、この風変りな棺桶のなかで、すでに一千
年余の冷凍睡眠をへたのである。 冷凍睡眠というのは、人間を生きたまま氷結させて....
「宇宙の始まり」より 著者:アレニウススヴァンテ
の存在であった。彼がこの卵の中で神の年の一年間(人間の年で数えると約三〇〇〇〇億
年余)休息した後に、主はただ自分の観念の中でこの卵を二分し、それで天と地とを造っ....
「最終戦争論」より 著者:石原莞爾
兵器の進歩と兵力の増加によって、決戦戦争から持久戦争に変ったのであります。 四
年余の持久戦争でしたが、十八世紀頃の持久戦争のように会戦を避けることはなく決戦が....
「獄中記」より 著者:大杉栄
月に保釈で出た。そしてそのほかの四つの事件は、この兇徒聚集事件が片づくまでの、二
年余りの保釈中の出来事なんだ。一から三までの三事件九カ月半の刑期もこの保釈中に勤....
「古狢」より 著者:泉鏡花
んですよ。」 「おどかしなさんない。おじさんを。」と外套氏は笑ったが。 ――今
年余寒の頃、雪の中を、里見、志賀の両氏が旅して、新潟の鍋茶屋などと併び称せらるる....
「霊界通信 小桜姫物語」より 著者:浅野和三郎
ったのでございます。 落城後それが何年になるかと仰ッしゃるか――それは漸く一|
年余り私が三十四|歳の時でございました。まことに短命な、つまらない一|生涯であり....
「獄中消息」より 著者:大杉栄
うが別に異状はないようだ。不思議なくらいだ。こんなにからだの具合のいい冬はもう十
年余りも覚えがない。 もっとも、腸の方ではちょっと弱った。入監の翌朝からうまく....
「雪柳」より 著者:泉鏡花
から解りました。が、その(ようゆう)が分りません、かなで書いただけで、それは三十
年余りも経った、いまにおいてどういう意味だかわかりません。が……さて続いた絵なん....
「二葉亭余談」より 著者:内田魯庵
なかったので、始終文章に屈托していた。ツルゲーネフを愛読したのも文章であって、晩
年余りに感服しなくなってからもなお修辞上の精妙を嘖々し、ドストエフスキーの『罪と....
「宝永噴火」より 著者:岡本かの子
の噴火の被害のひどかったことを記すと、その被害地の恢復に幕府は三十五年間から七十
年余もかかったところがある。幕府は全国の扶持取りから百石につき二両ずつ上納させて....
「仏教人生読本」より 著者:岡本かの子
太子が摂政の任にお就きになった推古朝は、日本に公に仏教が入った欽明朝の時より四十
年余りしか経っておりません。しかも、それまでに輸入された宗派は、三論宗などという....
「戦争史大観」より 著者:石原莞爾
遂に統帥権の独立を完成したのであった。それでもこれが成文化されたのは普仏戦争後十
年余を経た一八八三年五月二十四日であることはこの問題のなかなか容易でなかった事を....