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年忌
「年忌〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
年忌の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「路上」より 著者:芥川竜之介
じゃ帰るだけでも一仕事だ。」
「何、その方は慣れているから平気だが、とかく田舎の
年忌《ねんき》とか何とか云うやつは――」
野村は前以て辟易《へきえき》を披露《....
「紅黄録」より 著者:伊藤左千夫
母の初七日のおり境内へ記念に植えた松の木杉の木が、はや三尺あまりにのびた、父の三
年忌には人の丈以上になるのであろう。畑の中に百姓屋めいた萱屋の寺はあわれにさびし....
「名人長二」より 著者:三遊亭円朝
ず、其の年も暮れて文政四|巳年と相成り、正月二月と過ぎて三月の十七日は母親の十三
年忌に当りますから、天竜院に於て立派に法事を営み、親方の養子夫婦は勿論兄弟弟子一....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
村々の人たちの往来、無尽の相談、山林売り払いの入札、万福寺中興開祖|乗山和尚五十
年忌、および桑山和尚十五
年忌など、村方でもその季節を待っていないものはなかった。....
「読書法」より 著者:戸坂潤
見れば云えないことですが、其の報告者は其の一例として、日本大学に於けるヘーゲル百
年忌を指示している。これは噂によるとヘーゲル百
年忌として、お経を読んだ由。報告者....
「梅津只円翁伝」より 著者:杉山萠円
地に居らるる故か久しく忘れられていた。ただ旧門下で小謡組であった佐藤文次郎氏が毎
年忌日忌日に参詣するほか、藤原宏樹氏、柴藤精蔵氏が時折参詣するばかりで、正月の元....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
は、気の軽い、仕事のまめな方丈様で、与八とは大の仲よしです。 「与八、弾正殿の三
年忌になるで、早いものだなあ」 「そうだなあ、大先生《おおせんせい》が死んでから....
「鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
|寛《くつろ》いで話でもする時でなければ、小刀は腰から離す事はない。たとえば人の
年忌で法会などをする時は、主客共に上下を着て必ず一刀を帯びている。そこで迎えた法....
「鹿狩り」より 著者:国木田独歩
して勇気のある剛胆な、義理の堅い情け深い、そして気の毒な義父が亡くなってから十三
年忌に今年が当たる、由って紀念のために少年の時の鹿狩りの物語をしました。 (明治三十一年八月作)....
「顎十郎捕物帳」より 著者:久生十蘭
て、口説《くど》くか」 ひょろ松は、黙念。 朽穴《くちあな》 菩提寺で
年忌をすませると、ひょろ松はその足で柏屋へ迎えにやって来た。 紋服に仙台平《せ....
「あなたも私も」より 著者:久生十蘭
…カオルさんも」 カオルは、すらりとソファから立って、 「あたし、失礼するわ。
年忌《ねんき》のお斎《とき》なんか、まっぴらよ」 そう言うと、足でドアをあけて....
「曙覧の歌」より 著者:正岡子規
まで吾《わが》衣手《ころもで》にとりすがり父よ父よといひてしものを 父の十七
年忌に 今も世にいまされざらむよはひにもあらざるものをあはれ親なし 髪しろくな....
「猪鹿蝶」より 著者:久生十蘭
と自体、あまり人をバカにした話でしょう。木津さんに回状をまわして、大真面目な顔で
年忌までやったあたしたちの立場がどうなると思っているのかしら。木津さんはひっこん....
「父の葬式」より 著者:葛西善蔵
往復した。これで百カ日の法事まですっかりすんだというわけであった。 「その代り三
年忌には、どうかしたいと思いますね。その時にはいっしょの仏様もだいぶあるようだか....
「俳句の作りよう」より 著者:高浜虚子
原句も、この「真田」の句と同様の詩を背景としての句であります。 生きて世に人の
年忌や初茄子 几董 自分は大病をしてほとんど死ぬところであった。それが幸いに....