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年見
「年見〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
年見の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「酒中日記」より 著者:国木田独歩
つと又|喫驚《びっくり》、今度は腹の中で。「いったいこの男はどうしたのだろう、五
年見ない間《ま》に全然《すっかり》気象まで変って了《しま》った」 驚き給うな源....
「藤十郎の恋」より 著者:菊池寛
だろうと、夢中になっての高話じゃ。 長十郎 藤十郎の紙衣姿《かみこすがた》も、毎
年見ると、少しは堪能し過ぎると、悪口をいいくさった公卿衆《くげしゅ》だちも、今度....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
阪から帰って来て、光秀の妹と矢口渡《やぐちのわたし》のお舟を勤めています。三、四
年見ないうちに、すっかり大人びて、矢口のお舟なぞはなかなかよくしていました。いや....
「親子」より 著者:有島武郎
、すっかり精算をしようというわけになっているのだ。明日の授受が済むまでは、縦令永
年見慣れて来た早田でも、事業のうえ、競争者の手先と思わなければならぬという意識が....
「最終戦争論」より 著者:石原莞爾
本当に余震が鎮静して戦争がなくなり人類の前史が終るまで、即ち最終戦争の時代は二十
年見当であろう。言い換えれば今から三十年内外で人類の最後の決勝戦の時期に入り、五....
「旗本退屈男」より 著者:佐々木味津三
したな」 「うんうん。旅に出ると干物なぞが頂けて食べ物がよろしいのでな。そちも半
年見ぬまにずんと美しゅうなったのう」 「もうそのような御笑談ばかり。――あの、そ....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
官的に人麿の身に即したいい方であるだろう。 なお、人麿の妻を悲しんだ歌に、「去
年見てし秋の月夜は照らせども相見し妹はいや年さかる」(巻二・二一一)、「衾道を引....
「現代忍術伝」より 著者:坂口安吾
コと、能なしの坊ッちゃんみたいな顔である。 一風呂あびて、昼食。正宗菊松が七八
年見たこともない珍味佳肴の数々。然し、ゆっくり味あうこともなく、自動車がきました....
「明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
よ。私たちもお食事とお茶をいっぺんハナレへ運ぶだけで、トンビの来る姿も帰る姿も毎
年見たタメシがないよ」 「オレのタケノコを変テコな奴が食ってやがるんだなア。タケ....
「深見夫人の死」より 著者:岡本綺堂
ごろの娘に成長して、さらにその美を増したように見えた。その白い艶やかな顔には、先
年見たような暗い蒼ざめた色を染め出していなかった。春風の吹く往来へ出て、わたしも....
「食べもの」より 著者:佐藤垢石
憚るように、 「おじさん、なにかありませんか」 と、いうのである。私は、この青
年見当違いをしてやってきたなと思った。 「なにかありませんかって、どんなもの」 ....
「入れ札」より 著者:菊池寛
足下に大きい切り株を見付けて、どっかりと、腰を降した。彼の眼は、暫らくの間、四十
年見なれた懐しい山の姿に囚われていた。赤城山が利根川の谿谷へと、緩い勾配を作って....
「娘」より 著者:岡本かの子
子には一眼で判る。 対岸の隅田公園の桜は、若木ながら咲き誇っている。室子が、毎
年見る墨水の春ではあるが、今年はまた、鮮かだと思う。 今戸橋、東詰の空の霞の中....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
三十から四十くらいまでにその傑作は殆ど生れ出た。 なにとなく心ぞとまる山の端に今
年見そむる三日月の影 見渡せば花も紅葉もなかりけり浦のとま屋の秋の夕暮 眺むれば....
「公園の花と毒蛾」より 著者:小川未明
った。やはり人々にもまれながら寺の境内に入ると、片側に高い軽業の小舎があって、昨
年見たときのような絵看板が懸かっていました。彼は、木戸銭を払ってのぞきました。そ....