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幸手
「幸手〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
幸手の前後の文節・文章を表示しています。該当する10件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「丹下左膳」より 著者:林不忘
晩とまった翌日は、粕壁から一里で二つや、杉戸《すぎと》。 あれからかけまして、
幸手《さって》の堤。 と、はるかむこうに、アレ! 豆のように小さな四人の人影が....
「怪談牡丹灯籠」より 著者:三遊亭円朝
ヤアお内儀さま、大きに無沙汰を致しやした、ちょっくり来るのだアけど今ア荷い積んで
幸手まで急いでゆくだから、寄っている訳にはいきましねえが、此間は小遣を下さって有....
「平凡」より 著者:二葉亭四迷
ましたよ。」 「御尤《ごもっとも》です。」 「ですけど私《あたし》が死んじまや、
幸手屋《さってや》の血統《ちすじ》は絶えるでしょう? それでは御先祖様にも、又ね....
「丹下左膳」より 著者:林不忘
おなじく二里で草加《そうか》。それから越《こし》ヶ|谷《や》、粕壁《かすかべ》、
幸手《さって》で、ゆうべは栗橋の泊り。
早朝に栗橋をたって中田、古河の城下を過....
「寄席と芝居と」より 著者:岡本綺堂
は「蚤と蚊にせめられて思ふやうに眠られず。」とある。翌三十日は粕壁、松戸を経て、
幸手の駅に入り、釜林という宿屋に泊まる。まことに気の長い道中である。 この旅行....
「奥の海」より 著者:久生十蘭
足を投げだして待っている。越ヶ谷、粕壁を通って、その日は杉戸で泊った。 翌朝、
幸手《さって》から栗橋にかかり、渡舟の上からながめると、両岸は眼のとどくかぎり掘....
「我が円朝研究」より 著者:正岡容
かった」間に荒療治はなし遂げられたにちがいない。仕方がないので伴蔵は大風雨の晩、
幸手《さって》堤へ呼び出してとうとうおみねをバッサリ殺ってしまう。と初七日の晩か....
「淡島椿岳」より 著者:内田魯庵
逗留客の屋外囲の用事は何でも引受ける重宝人であった。その頃訴訟のため度々上府した
幸手の大百姓があって、或年財布を忘れて帰国したのを喜兵衛は大切に保管して、翌年再....
「随筆 新平家」より 著者:吉川英治
るので、またひとまず、紙面で別れたが、西行の旅は、あれから武蔵国|葛飾郡の、今の
幸手の辺にかかってゆく。そこで冬のころまで病に臥す。――捨てはてゝ身はなきものと....
「エタ源流考」より 著者:喜田貞吉
るかの如くにまで解せられていた様である。「慶長見聞書」(「古事類苑」引)に、武州
幸手の月輪院僧正が、エタの由来を説明した中に、 、叡山の犬神人、皆是寺方の掃除の....