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庚申塚
「庚申塚〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
庚申塚の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「カインの末裔」より 著者:有島武郎
のり》のように粘ったものが唇《くちびる》の合せ目をとじ付けていた。
内地ならば
庚申塚《こうしんづか》か石地蔵でもあるはずの所に、真黒になった一丈もありそうな標....
「真景累ヶ淵」より 著者:三遊亭円朝
、馬の蔭で見えなくなった、馬を田の畦《くろ》へ押付《おッつ》けろや…あれまア大え
庚申塚《こうしんづか》が建ったな、彼《あ》れア昔からある石だが、あんなもの建てな....
「田舎教師」より 著者:田山花袋
ろな顔と事件とが眼にうつっては消えうつっては消えた。路には榛のまばらな並木やら、
庚申塚やら、畠やら、百姓家やらが車の進むままに送り迎えた。馬車が一台、あとから来....
「草迷宮」より 著者:泉鏡花
めたければ、滝の裏も覗きたし、何か前世の因縁で、めぐり逢う事もあろうか、と奥山の
庚申塚に一人立って、二十六夜の月の出を待った事さえあるんです。 トこの間――名....
「霧陰伊香保湯煙」より 著者:三遊亭円朝
悪い処にさいかち橋が架けてあります。これを渡ると直ぐ山田村、近道で其の小坂の処に
庚申塚があります。そこまで来ると車を下して、 峯「若衆大きに御苦労だのう、骨が折....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
めば読まれるのであります。 「この坂で転んだ人は、誰でも、その片袖を切ってここの
庚申塚《こうしんづか》へ納めなくてはならないことになっている。それを知っていなが....
「雁」より 著者:田中貢太郎
えついていた。久兵衛は夕陽の光を背に浴びて、※条とした冬枯の田舎路を歩いていた。
庚申塚のある四辻を右の方に折れ曲ろうとすると、塚の背後の根本に藁畔をしてある禿榎....
「明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
一ツころがっていた。酔ッ払った奴のイタズラではなさそうだ。二三十間はなれた道端の
庚申塚の石だが、それをここまで運ぶには大の男の四五人がかりで全力をあげてやっても....
「塩原多助一代記」より 著者:三遊亭円朝
ますから、見違える気遣いは有りません、多助が馬を引いて帰って来る時、桐油を見当に
庚申塚|辺でむちゃくちゃに斬り殺して、お屋敷に帰り、知らん顔をしていて下されば、....
「八犬伝談余」より 著者:内田魯庵
ら推して氷川田圃に近き今の高等師範の近辺であろう。荘助の額蔵が処刑されようとした
庚申塚の刑場も近く、信乃の母が滝の川の岩屋へ日参したという事蹟から考えても高等師....
「式部小路」より 著者:泉鏡花
かかりに見て過ぎた。娘の姿は、次第に橋を距って、大きく三日月|形に、音羽の方から
庚申塚へ通う三ツ角へ出たが、曲って孰方へも行かんとせず。少し斜めに向をかえて、通....
「妾宅」より 著者:永井荷風
互に手を取って南無阿弥陀仏と死ぬばかり。もし駕籠《かご》かきの悪者に出逢ったら、
庚申塚《こうしんづか》の藪《やぶ》かげに思うさま弄ばれた揚句、生命《いのち》あら....
「棚田裁判長の怪死」より 著者:橘外男
」 勧める老爺に別れを告げて、やがて私はまた竹藪に沿うた坂を下って、田圃の傍の
庚申塚のある道や、子供の頃|笹っ葉を持って蛍を追い回した小川の縁へ出て来ましたが....
「切支丹転び」より 著者:田中貢太郎
った。 その春のある夜、太郎左衛門は浜松の城下へ往っての帰りに、遅く村の入口の
庚申塚の傍まで来たところで、行手に当惑しているらしい、二人|伴の女の立ち止ってい....
「雪の夜の怪」より 著者:田中貢太郎
に声をかけた。 「えらい目に逢ってるのですよ、だから雪が降りだすと、私はこれから
庚申塚の方へ往かなくちゃならないが、もうよしたのですよ」 「そうですか、どんなこ....