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廻船問屋
「廻船問屋〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
廻船問屋の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「縮図」より 著者:徳田秋声
との水運により、三十五|反帆が頻繁に出入りしたものだったが、今は河口も浅くなり、
廻船問屋の影も薄くなったとは言え、鰹を主にした漁業は盛んで、住みよい裕かな町では....
「仮装人物」より 著者:徳田秋声
コップに唇をつけるころには、葉子の顔も次第に幸福そうに輝いて、鉄道の敷けない前、
廻船問屋で栄えていた故郷の家の屋造りや、庸三の故郷を聯想させるような雪のしんしん....
「雪之丞変化」より 著者:三上於菟吉
大刀を横たえているのだ。切っ先きを突きつけたら、何でもない――その寮というのは、
廻船問屋の別荘で、大川端、浜町河岸の淋しいあたり――一方は川浪《かわなみ》、三方....
「名娼満月」より 著者:夢野久作
げるのを当然の権利か義務のように心得ている有様であった。 残る一人は大阪屈指の
廻船問屋、播磨屋の当主|千六であった。二十四の年に流行病で両親を失ってからという....
「松の操美人の生埋」より 著者:三遊亭円朝
を助けるという、アレキサンドルに擬せました人が相州東浦賀新井町の石井山三郎という
廻船問屋で、名主役を勤めました人で、此の人は旗下の落胤ということを浦賀で聞きまし....
「旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
には住みすてた邸《やしき》もある。池の中には何かしらが残っていよう。深川佐賀町の
廻船問屋には自分の妹が片附いている。商人には障《さわ》りがなかったということが彼....
「旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
よぶだけでさえ小癪《こしゃく》にさわる――そうした気風の彼女だった。深川佐賀町の
廻船問屋石川屋佐兵衛の妻女――なれのはてではあったが、とにかく代言人長谷川氏の家....
「旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
て、ほしがると何んでもやったというふうにいったが、母は、深川の豪商、石川屋という
廻船問屋の御新造で、花菊といった自分の伯母さんの手|許《もと》に、小間使をしてい....
「青春論」より 著者:坂口安吾
船島へ送られる筈であったが、彼自身の考えがあって、ひそかに行方をくらまし、下関の
廻船問屋小林太郎左衛門の家へ泊った。 翌日になって、もう小次郎が船島へついたと....
「名人地獄」より 著者:国枝史郎
なされ」 また平八は駕籠へ乗った。 「日本橋だ、河岸へやれ」 下りたところに
廻船問屋、加賀屋というのが立っていた。 「許せよ」 と平八はズイとはいった。 ....
「平賀源内捕物帳」より 著者:久生十蘭
うじゅうろう》の妹娘の鳥《とり》というのが、江戸日本橋|小網町《こあみちょう》の
廻船問屋|港屋太蔵《みなとやたぞう》方へ嫁に来ていて、夫婦仲もたいへんに睦《むつ....
「宮本武蔵」より 著者:吉川英治
「おばさん家は……あ、そうじゃない、御寮人さまの家は、いったい何屋なの」 「堺の
廻船問屋さ」 「
廻船問屋って」 「おまえには、分るまいが、船をたくさん持って、中....
「鳴門秘帖」より 著者:吉川英治
な所へ帰るのも、みんな、あの人のためと思えばこそ」 駕は、こんな考えを乗せて、
廻船問屋の多い河岸ぶちを駈けていた。 四国屋の前へ着くと、お米は、阿波での顔見....