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弔
「弔〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
弔の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「文章」より 著者:芥川竜之介
「堀川さん。
弔辞《ちょうじ》を一つ作ってくれませんか? 土曜日に本多少佐の葬式がある、――そ....
「邪宗門」より 著者:芥川竜之介
てまた、吹かぬ事に致したな。」
「聊《いささ》かながら、少納言の菩提《ぼだい》を
弔《とむら》おうと存じますから。」
こう仰有《おっしゃ》って若殿様は、じっと父....
「或敵打の話」より 著者:芥川竜之介
、夜もすがら左近や加納親子の追憶をさまざま語り合った。が、彼等の菩提《ぼだい》を
弔《とむら》っている兵衛の心を酌《く》む事なぞは、二人とも全然忘却していた。
....
「葬儀記」より 著者:芥川竜之介
。
ところが、式がだんだん進んで、小宮さんが伸六《しんろく》さんといっしょに、
弔辞《ちょうじ》を持って、柩の前へ行くのを見たら、急に※《まぶた》の裏が熱くなっ....
「星座」より 著者:有島武郎
起ろうとしているように思えた。実際をいうと、園は帰京せずに、札幌で静かに父の死を
弔《とむ》らいもし、一家の善後ということも考えてみたかったのだが「スグカエレ」と....
「野菊の墓」より 著者:伊藤左千夫
。いや直ぐ掘ってきて植えよう。こう考えてあたりを見ると、不思議に野菊が繁ってる。
弔いの人に踏まれたらしいがなお茎立って青々として居る。民さんは野菊の中へ葬られた....
「水害雑録」より 著者:伊藤左千夫
て歳月の廻るに支配されている外に何らの能事も無い。次々と来る小災害のふせぎ、人を
弔い己れを悲しむ消極的|営みは年として絶ゆることは無い。水害又水害。そうして遂に....
「婦系図」より 著者:泉鏡花
六十近い老人で、孫子はもとより、親類らしい者もない、全然やもめで、実際形影相
弔うというその影も、破蒲団の中へ消えて、骨と皮ばかりの、その皮も貴女、褥摺れに摺....
「空襲葬送曲」より 著者:海野十三
日本の光輝ある黎明を迎えるに当り、その尊き犠牲となったわが戦士と不幸な市民たちを
弔い、又アメリカ主義に患わされて西太平洋の鬼となった米軍の空襲勇士たちのために、....
「二、〇〇〇年戦争」より 著者:海野十三
舌打ちをしたのは、長官の副官だった。 「もう、とりかえしがつかない。このうえは、
弔合戦あるばかりだ。ゴールド大使には、しばらく秘密にして置け」 暗涙をのんで、....
「転機」より 著者:伊藤野枝
方にも此方にも、蘆間の水たまりや小高く盛り上げた土の上に、二つ三つと残っている。
弔う人もない墓としか思われないような、その墓石の傍まで、土手からわざわざつけたか....
「霊界通信 小桜姫物語」より 著者:浅野和三郎
離れたくは思いませぬ。私はどこまでも三崎に留まり、亡き良人をはじめ、一|族の後を
弔いたいのでございます……。』 私の決心の飽まで固いのを見て、両親も無下に帰家....
「斎藤緑雨」より 著者:内田魯庵
悲痛なる祭文を読んだ。丁度風交りの雨がドシャドシャ降った日で、一代の皮肉家緑雨を
弔うには極めて相応しい意地の悪い天気であった。 緑雨の全盛期は『国会新聞』時代....
「今日になるまで」より 著者:上村松園
行った所に生まれました。父はこの年の二月既に歿して、私は二十六歳の母の胎内で父の
弔いを見送りました。 明治十五年四月、八つで小学校六級に入学しました。草履袋を....
「欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
を巡回し、起居安否を尋問し、病客あるときはその病を問い、不幸あるときはその不幸を
弔する等、いたって多事なり。 米国にて僧侶たるものは、多少尊敬を受くるの風あり....