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弥次郎兵衛
「弥次郎兵衛〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
弥次郎兵衛の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「突貫紀行」より 著者:幸田露伴
ぐるにもあらざれば駛急《しきゅう》と足をひきずるのくるしみもなし。さればまことに
弥次郎兵衛《やじろべえ》の一本立の旅行にて、二本の足をうごかし、三本たらぬ智恵《....
「眉かくしの霊」より 著者:泉鏡花
〇尺、と言い出すより、膝栗毛を思う方が手っ取り早く行旅の情を催させる。 ここは
弥次郎兵衛、喜多八が、とぼとぼと鳥居峠を越すと、日も西の山の端に傾きければ、両側....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
用いるのであった。時には細い短い竹を団栗の頭へ挿して小さい独楽を作った。それから
弥次郎兵衛というものを作った。
弥次郎兵衛という玩具はもう廃ったらしいが、その頃に....
「般若心経講義」より 著者:高神覚昇
再建日本のための貴い資糧とせねばならぬと存じます。 ところで人生を旅路と考え、
弥次郎兵衛、喜多八の膝栗毛を思い、東海道五十三次の昔の旅を偲ぶとき、私どもは、こ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
持って来ました。 「何の花」 「椿の花」 お銀様はその花を指先に挿んで、子供が
弥次郎兵衛を弄《もてあそ》ぶようにしていました。 「たあいもない」 竜之助はそ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
加えたというのは、先生独得の見識の存するところで、その意見を聞いてみると、先輩の
弥次郎兵衛と喜多八が、東海道を旅行中に、名古屋を除外したというのが不平なのだ。 ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
なるほど、向うから来る旅人の足の速力は驚くべきものです。土手へ鉄砲を置いた時に
弥次郎兵衛ほどに小さかった姿が、巣口を向けた時は五月人形ほどになり、速い、速いと....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
ゃ、そんなところはいやだ」 道庵先生の駄々。 「お嫌いでげすか。先年はあすこで
弥次郎兵衛喜多八の両君が、首尾よく大失敗をやらかして、みんごと江戸っ児の面《かお....
「歌行灯」より 著者:泉鏡花
なれば、道中、笠も載せられず、と断念めた風に見える。年配六十二三の、気ばかり若い
弥次郎兵衛。 さまで重荷ではないそうで、唐草模様の天鵝絨の革鞄に信玄袋を引搦め....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
いうことに迷いきっているのです。この点においては、曾《かつ》て京都へ遊びに行った
弥次郎兵衛と喜多八とが、梯子を買ってもてあまして、京都の町を担ぎ歩いたようで、米....
「湯女の魂」より 著者:泉鏡花
弥陀仏と、風が引いたり寄せたりして聞えまする、百万遍。 忌々しいなあ、道中じゃ
弥次郎兵衛もこれに弱ったっけ、耐ったものではないと、密と四辺を※しますると、塵一....
「伊勢之巻」より 著者:泉鏡花
名に、紫はありながら、杜若には似もつかぬ、三等の赤切符。さればお紺の婀娜も見ず、
弥次郎兵衛が洒落もなき、初詣の思い出草。宿屋の硯を仮寝の床に、路の記の端に書き入....
「大鵬のゆくえ」より 著者:国枝史郎
侶、農夫、乞食、女も行けば子供も行く。犬の吠え声、凧の唸り、馬の嘶、座頭の高声、
弥次郎兵衛も来れば喜太八も来る。名に負う江戸の大手筋東海道の賑やかさは今も昔も変....
「漱石氏と私」より 著者:高浜虚子
なって可然候。決して御遠慮被成間敷候。今消えては大勢上不都合に候。鼠骨でも今日の
弥次郎兵衛の処は気に入る事と存候。「文鳥」十月号に御掲載被下候えば光栄の至と存候....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
強い深い感銘を刻み込んでいるのである。 新蔵ばかりでなく、その時に「膝栗毛」の
弥次郎兵衛と喜多八とを勤めた二人の俳優も、ありありとわたしの記憶に残っている。弥....