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形而上学
「形而上学〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
形而上学の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「「いき」の構造」より 著者:九鬼周造
覚に関するものと考えて差支ないであろう。そうして視覚に関してはアリストテレスが『
形而上学《けいじじょうがく》』の巻頭にいっている言葉がここにも妥当する。曰《いわ....
「錯覚自我説」より 著者:辻潤
『錯覚自我説』と更に驚くべき創作とを完成させていたことを知ったのである。 私は
形而上学の学徒でもなければ、マルクスの信奉者でもない。哲学史をすら通読したことさ....
「惜みなく愛は奪う」より 著者:有島武郎
私には、それは欲求であり得る外価値を持っていない。神の世界に於ては、或は超越的|
形而上学の世界に於ては、かかることは捨ておかれぬ喫緊事として考えられねばならぬだ....
「宇宙の始まり」より 著者:アレニウススヴァンテ
自然的の力の作用を仮定するような、従って自然科学的考察の対象とはなり得ないような
形而上学的宇宙創造論の胚子と言ったようなものが認められないということは観過し難い....
「正義と微笑」より 著者:太宰治
そんな上酒一升、鴨一羽など卑俗な現実生活のたのしみを言っているのではなく、全然、
形而上学的な語句であった。すなわち、わが思想ただちに世に容れられずとも、思いもか....
「愛と認識との出発」より 著者:倉田百三
して、生を与うる絶対に帰一せしむる基礎なくしては支えがたい。社会科学の前に生命の
形而上学がなくてはならぬ。 この書を出版してよりすでに十五年を経ている。私の思....
「呉秀三先生」より 著者:斎藤茂吉
の評に対する森林太郎先生の弁駁文などもある。 『精神啓微』は脳髄生理から出発して
形而上学の諸問題に触れ精神の本態に言及されたものであるが、「万象ヲ鑒識スルノ興奮....
「盗まれた手紙」より 著者:佐々木直次郎
う修辞上の独断が、いくらか真理らしく見えるのだ。たとえば惰性力の法則は物理学でも
形而上学でも同一であるらしい。物理学で、大きい物体を動かすのは小さい物体を動かす....
「学生と教養」より 著者:倉田百三
義の倫理観、古代のストアやエピクロス派の倫理観、スピノーザやショーペンハウエルの
形而上学的倫理観等に触れる暇がなかった。さらに東洋の倫理観にも手が染められなかっ....
「学生と生活」より 著者:倉田百三
て、もとより定説はない。プラトンのように寓話的なもの、ショウペンハウエルのように
形而上学的なもの、エレン・ケイのような人格主義的なもの、フロイドのように生理・心....
「夢は呼び交す」より 著者:蒲原有明
いて老人らしくない。 通訳に附いて来た医学士は別室でボオドレエルの『おもちゃの
形而上学』を読む。ロダンはいう。「人の体も形が形として面白いのではない。霊の鏡で....
「フランケンシュタイン」より 著者:シェリーメアリー・ウォルストンクラフト
は、自然の内在的な精神や人間の神秘的な魂であったにせよ、しかもなお、私の探究は、
形而上学的なもの、すなわちその最高の意味において世界の物理的秘密に向けられたのだ....
「新らしき文学」より 著者:坂口安吾
までもなく個人である。個人を離れて文学は成り得ない。然し不滅の人間、不変のエゴは
形而上学と共に亡び去っている。我々の個人は変化の一過程に於て歴史に続き永遠につな....
「六号室」より 著者:瀬沼夏葉
たかと云うことを考え初める。 『自分が大学にいた時分は、医学もやはり、錬金術や、
形而上学などと同じ運命に至るものと思うていたが、実に驚く可き進歩である。大革命と....
「ファウスト」より 著者:ゲーテヨハン・ヴォルフガング・フォン
としてまいりました。
メフィストフェレス
それから君、先ず何は措いても、
形而上学に取り掛からなくてはいかん。
なんでも人間の頭に嵌まりにくい事を、
あの....