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征討
「征討〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
征討の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「乱世」より 著者:菊池寛
が、厳かな口調で、次のようにいい渡した。 越中守反逆顕然無道至極今更申迄モ無之為
征討発向ノ処嘆願ノ趣有之旁々書面ノ通可心得 一、本城ヲ掃除シ朝廷ニ可奉差上事 一....
「中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
その当時、戎呉という胡の勢力が盛んで、しばしば国境を犯すので、諸将をつかわして
征討を試みても、容易に打ち勝つことが出来ない。そこで、天下に触れを廻して、もし戎....
「中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
さい」 白猿伝 梁(六朝)の大同の末年、平南将軍|藺欽をつかわして南方を
征討せしめた。その軍は桂林に至って、李師古と陳徹を撃破した。別将の欧陽※は各地を....
「田原坂合戦」より 著者:菊池寛
一日をもって開戦となろうとの事であるので、勅使の議はとり止めとなり、十九日には、
征討の詔を下され、熾仁親王を
征討総督に任ぜられた。山県参軍は二十五日に博多に着き....
「島原の乱」より 著者:菊池寛
藤兵衛を、乱軍の中に自刃せしめた。何しろ、島中の人民はほとんど総てが信徒なので、
征討軍が放つ密偵は悉く偽りの報告を齎すから、まるで裏をかかれ通しである。 十一....
「真田幸村」より 著者:菊池寛
である。昌幸が、それを太閣に訴えた。太閣は、北条家の条約違反を怒って、遂に小田原
征討を決心したのである。 昌幸から云えば、自分の面目を立ててくれるために、北条....
「近時政論考」より 著者:陸羯南
時印刷事業進歩の賜なり。彼らはしばしば国是確定、紀綱緊張の説を主張し、または朝鮮
征討、国権拡充を唱道したり。しかれども権義上の新説をもって政府に反対するは実に当....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
行く将軍の出馬することもあるべき大坂城への進発をさす。尾張大納言を総督にする長州
征討軍の進発をさす。 三人の庄屋には、道中奉行から江戸に呼び出され、諸大名通行....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
を迎えてまだ間もない神戸|三宮に突発した。しかも、京都新政府においては徳川|慶喜
征討令を発し、
征討府を建て、熾仁親王をその大総督に任じ、勤王の諸侯に兵を率いて上....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
空をながめながら、家を思い、妻を思い、子を思った。その時になると、外には台湾生蕃
征討の事が起こり、内には西南地方の結社組織のうわさなぞがしきりに伝わって来て、息....
「開運の鼓」より 著者:国枝史郎
意を示している一方、幕臣達は隊を組んで安房、下総、会津等へ日に夜に脱走を企てる。
征討大総督|有栖川宮は西郷隆盛を参謀として東山北陸東海の、三道に分れて押し寄せて....
「日本上古の硬外交」より 著者:国枝史郎
「われ聞く、東方に神国あり、日本というと。われ是を畏懼するや久し。今皇師大挙して
征討せらる。いかでか是に抗し奉らん。ねがわくば爾今以後飼部となり、船柁干さずして....
「奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
伏の祈願を籠めしめたのであった。彼が多年征夷大将軍の補任を希望したのも、実に秀衡
征討の名分を正さんことを欲したがためであったことは、上文すでに述べた通りである。....
「「ケット」と「マット」」より 著者:喜田貞吉
領|伊治公呰麻呂の反の如き、その乱遂に延暦の末にまで及び、ようやく坂上田村麻呂の
征討によって、これを鎮定するをえた程の大事件であったが、しかもその直接の原因は、....
「本州における蝦夷の末路」より 著者:喜田貞吉
た。これが我が古代史の上に、蝦夷の事の見えている初めであります。 その後蝦夷の
征討、蝦夷の服従の事実は、たびたび歴史の上に見えておりまして、斉明天皇の御代には....