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御茶の水
「御茶の水〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
御茶の水の前後の文節・文章を表示しています。該当する11件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「硝子戸の中」より 著者:夏目漱石
かに予期に充《み》ちた心をもって、のろのろ砲兵工厰《ほうへいこうしょう》の前から
御茶の水を通り越して柳橋まで漕《こ》がれつつ行っただろうと想像する。しかも彼らの....
「彼岸過迄」より 著者:夏目漱石
の見ていない所で二つに折って、蛇の頭も鉄の輪の突がねもめちゃめちゃに、万世橋から
御茶の水へ放り込んでやろうと決心した。 彼はすでに動こうとして一歩足を移しかけ....
「三四郎」より 著者:夏目漱石
たくさんある。野々宮君は椅子を離れてすわった。三四郎は閑静な所だとか、わりあいに
御茶の水まで早く出られるとか、望遠鏡の試験はどうなりましたとか、――締まりのない....
「護持院原の敵討」より 著者:森鴎外
があるので、そこへ手伝に往った。こんな風に奉公先を取り替えて、天保六年の春からは
御茶の水の寄合衆酒井|亀之進の奥に勤めていた。この酒井の妻は浅草の酒井石見守|忠....
「少年時代」より 著者:幸田露伴
らぬことになりました。で、私を何所へ遣ったものでしょうと家でもって先生に伺うと、
御茶の水の師範学校付属小学校に入るが宜かろうというので、それへ入学させられました....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
賀※庵に就き、塩谷宕陰、松崎慊堂にも知られ、安井息軒とも交わりがあって、しばらく
御茶の水の昌平黌に学んだが、親は老い家は貧しくて、数年前に郷里の方へ帰って行った....
「震災日記より」より 著者:寺田寅彦
行くような呑気そうな様子の人もあった。浅草の親戚を見舞うことは断念して松住町から
御茶の水の方へ上がって行くと、女子高等師範の庭は杏雲堂病院の避難所になっていると....
「鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
は持っている。 文部省では米国人のスカットというを雇って普通教育の伝習として、
御茶の水の旧大学本校跡を東京師範学校と名けて師範学科を多くの学生に教えさせ、次に....
「江戸芸術論」より 著者:永井荷風
大《だい》なる空間を設けたる事を知るべし。洲崎弁天海上の眺望と題したるもの、また
御茶の水より富士を見たるもの、あるひは銚子《ちょうし》の海浜、隅田川|真崎《まっ....
「新古細句銀座通」より 著者:岸田劉生
が感心してみているのと一緒になって感心したのを覚えている。明治三十何年かの有名な
御茶の水のおこの殺しが、じき見世物になり、おこのの血だらけの顔を表看板のかわりに....
「それから」より 著者:夏目漱石
を捜して、芝居でも見ようと云う気を起した。神楽坂から外濠《そとぼり》線へ乗って、
御茶の水まで来るうちに気が変って、森川町にいる寺尾という同窓の友達を尋ねる事にし....