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「志村〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

志村の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
片恋」より 著者:芥川竜之介
をしゃくる癖も、昔の通りだ。――僕は実際無常を感じてしまったね。あれでも君、元は志村《しむら》の岡惚《おかぼ》れだったんじゃないか。 志村の大将、その時分は大....
長篠合戦」より 著者:菊池寛
めとして総て弾疵十七ヶ所に達したと伝えるから、その奮戦の程が察せられる。昌景の士志村又右衛門、昌景の馬の口を押えて、退軍して士気を新にすることを奨めた。そこで馬....
画の悲み」より 著者:国木田独歩
とが分る。 全校第一腕白でも数学でも。しかるに天性好きな画では全校第一の名誉を志村という少年に奪われていた。この少年は数学は勿論、その他の学力も全校生徒中、第....
十二支考」より 著者:南方熊楠
堯舜になす者なり、嗚呼《おこ》なる所為なれど童蒙のために註しつ(以上馬琴の説)。志村知孝これを駁《ばく》して曰く、この説童蒙のために注しつといえど奇を好める説な....
新しい婦人の職場と任務」より 著者:宮本百合子
、子供たちも仕事をする気分を味って、朗らかに働いています」そして、巣鴨の学校から志村のその工場へ通うバス代と別に「相当した賃銀」を出していると語っている。 十....
百姓弥之助の話」より 著者:中里介山
内の道場の中に取り入れた、小野生が一人その中で頻《しき》りに植字文選をしている、志村生は休み、活版所を継続するに就いては、二三十年来、弥之助は並々ならぬ苦しみを....
震災日記より」より 著者:寺田寅彦
大正十二年八月二十四日 曇、後|驟雨 子供等と志村の家へ行った。崖下の田圃路で南蛮ぎせるという寄生植物を沢山採集した。加藤首相....
獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
生への善意を描こうとしているのではなくて、或意図のもとに、歴史の血脈を否定して、志村と対立するものとして創り出した駿介を、作者があらかじめ枠をつくり各コマを区切....
異質触媒作用」より 著者:寺田寅彦
、今度は浦和から志木野火止を経て成増板橋の方へ帰って来るという道筋を選んでみた。志村から浦和まではやはり地図にない立派な道路が真直ぐに通っている。この辺の昔のま....
無法者」より 著者:豊島与志雄
志村圭介はもう五十歳になるが、頭に白髪は目立たず、顔色は艶やかで、そして楽しそう....
墓地展望亭」より 著者:久生十蘭
が終りかけようとしているので、ホテルの広い食堂には、まばらにしか人影がなかった。志村竜太郎は、海に向いた窓のそばの食卓に坐って、ぽつねんとひとりで贅沢な夕食を摂....
越後の闘牛」より 著者:佐藤垢石
じまったのであるか詳しい歴史は分からない。しかし、既に数百年の長い間、この国の古志村郷に伝わってきた行事であるといわれている。文献にも乏しく、ただ曲亭馬琴が文化....
少年探偵呉田博士と与一」より 著者:平林初之輔
博士の家から走って出ていったのを見たものがあるんだよ。ほら、いつか家へ遊びにきた志村君ね。あの男がそう言ってたよ」 「え、そりゃ大変なことをきいたね。でその不良....
平ヶ岳登攀記」より 著者:高頭仁兵衛
思った、平ヶ岳には残雪が頂上の処に少しく見えていた、それから尾瀬沼へ行って偶然に志村烏嶺氏と落合った、志村氏と燧岳に登って平ヶ岳の雄大なるに見惚れた、前述の次第....
越中劍岳先登記」より 著者:柴崎芳太郎
に出でたる切抜を郵送せられ、かつ「先日山岳会第一大会に列席して諸先輩の講演、殊に志村氏の日本アルプスの話など、承わり、すこぶる面白く感動|仕候、その中に、劍山登....