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思い出話
「思い出話〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
思い出話の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「親子」より 著者:有島武郎
障えなかった。そしてしかたなしに監督に向きなおって、その父に当たる人の在世当時の
思い出話などをして一人|興がった。 「元気のいい老人だったよ、どうも。酔うといつ....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
聞の従軍記者として、日露戦争当時の満洲を奔走していたのである。 それについての
思い出話を新聞紙上にも書いたが、それからそれへと繰り出して考えると、まだ云い残し....
「獄中記」より 著者:大杉栄
を思い出しちゃ、とても牢ばいりはやめられないな。」 前科者同士がよく出獄当時の
思い出話をしながら、こう言っては笑う。実際日本飯の本当の味なぞは、前科者ででもなければとうてい味わえない。....
「一坪館」より 著者:海野十三
、早く中へ入って手当を受けるようにとすすめなかったなら、少佐はまだまだゲンドンと
思い出話をやめなかったことだろう。 少佐は、それから病院の中へ入った。そして手....
「恐竜島」より 著者:海野十三
き出で、肩をならべて沖合に難破しているシー・タイガ号をさしては、昨夜のおそろしい
思い出話に時間のすぎていくのもわからないようであった。 タイガ号は恐竜のため船....
「御萩と七種粥」より 著者:河上肇
って、喧嘩など始めたため、吾々はみな途中から俥を下りて、歩いて帰った。これも母の
思い出話である。 序に書き加えておくが、私が以上の本文の清書を了えたのは、昭和....
「霊界通信 小桜姫物語」より 著者:浅野和三郎
み上げて来るのでした。 ここで一つ変っているのは、私達が殆んど少しも現世時代の
思い出話をしなかったことで、若しひょっとそれを行ろうとすると、何やら口が填って了....
「若草物語」より 著者:オルコットルイーザ・メイ
しました。 食事をおわってから、家族は炉のまわりに集りました。娘たちは、今年の
思い出話をしましたが、じっと耳をかたむけていたおとうさんは、満足そうにいいました....
「博物誌」より 著者:岸田国士
、それも特にいい乳牛に多い。で、もう駄目だと思われていた牝牛を自分が助けてやった
思い出話を一つ一つ話して聞かせながら、彼は壜のなかの液体をブリュネットの腰のあた....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
で言っていた。なる程利発な、美しい女になったかも知れないと思う。私は父のそうした
思い出話を多少のくすぐったさを以て聞いたものだ。花を活け、三味を弾き、女形を勤め....
「昔のことなど」より 著者:上村松園
象のお方でしたのに、栖鳳先生は豪放なお方ですし……ずっと後のことですが栖鳳先生が
思い出話をしていられた内にこんなことを話されました。 楳嶺塾である時絵巻を写すこ....
「京の夏景色」より 著者:上村松園
やかなくせに涼し気なそしてのんびりとした夏景色でございました。これは本当に昔々の
思い出話なのでございます。いま四条大橋に行って見たところで決してその橋の下で、人....
「半七捕物帳の思い出」より 著者:岡本綺堂
大正六年の一月で、今から振返ると十年あまりになります。その『文芸倶楽部』の誌上に
思い出話を書くにつけて、今更のように月日の早いのに驚かされます。....
「私の履歴書」より 著者:井上貞治郎
時善隣書院の中国語教師をしており、後には陸軍士官学校の教師にもなった男だ。つもる
思い出話をしているうちに、池田が『君は大阪商人だが、なにかおもしろい商売はないか....
「早稲田神楽坂」より 著者:加能作次郎
の壁にも学生諸君お断りの制札のはり出されてあったことを。今はそんなことも遠い昔の
思い出話になってしまった。俗にいう温泉横町(今の牛込会館横)の江戸源、その反対側....