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急逝
「急逝〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
急逝の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「外套」より 著者:ゴーゴリニコライ
めに下役を出むかせたほどである。が、やがてアカーキイ・アカーキエウィッチが熱病で
急逝したという報告がもたらされると、彼はがく然として驚き、良心の苛責を感じて、終....
「海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
にて倒れ翌十日午前九時死去す、断腸痛惜の至りなり、花を咲かす一歩手前にて、巨星の
急逝は痛恨の次第なり。 雪折れの音凄じや大桜 享年四十六歳。 新探偵雑誌....
「応仁の乱」より 著者:菊池寛
の三月十九日には、鞍馬|毘沙門の化身と世人に畏怖せられて居た宗全も、本当に陣中に
急逝したのである。 宗全の死に後れること約二ヶ月、細川勝元も五月二十二日に病※....
「梅津只円翁伝」より 著者:杉山萠円
なかったのだから……。後年、熊本の友枝三郎翁が、「雨月」を舞い終ると同時に楽屋で
急逝したことは心ある人々の讃嘆するところであった位だから。 明治四十三年(翁九....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
の宮(天武天皇の宮殿)に帰って居られた。天武天皇七年四月、伊勢に行幸御進発間際に
急逝せられた。天武紀に、七年夏四月、丁亥朔、欲矣とある。高市皇子は異母弟の間柄に....
「織田君の死」より 著者:太宰治
僕に死を与えるのだ。」 織田君を殺したのは、お前じゃないか。 彼のこのたびの
急逝は、彼の哀しい最後の抗議の詩であった。 織田君! 君は、よくやった。....
「三木清を憶う」より 著者:豊島与志雄
養失調を来し、九月半ばに急性腎臓炎となり、症状が進んで、病舎にあること二日にして
急逝したとのことである。拘置所内の皮膚病、殊に疥癬は、ひどく悪質なもので、それが....
「或る夜の武田麟太郎」より 著者:豊島与志雄
品とかではなく、文学や生活をひっくるめた理念、人生観、というほどの意である。彼が
急逝したことは惜しい。彼自身も今死のうとは思いがけなかったろう。 さて、あの晩....
「聖女人像」より 著者:豊島与志雄
い。いや、そういうものに捉えられたのでも恐らくなかろう。――其後一年ほどして彼は
急逝した。 その別所のことが、へんに気にかかってくる。私の孤独圏というのは、別....
「一商人として 」より 著者:相馬愛蔵
十年ほども引きつづき行われたのであるが、惜しいかな、先生は大正九年の十月十七日に
急逝せられた。 岡田先生は何事でも三段論法で断言されるのであったが、私に教えて....
「九条武子」より 著者:長谷川時雨
きいている。一年半以上も外国でくらして、秋も深くなって帰ると翌年の春、籌子夫人が
急逝された。その人の望みによって武子さんの生涯は定まってしまったのに、それを望ん....
「四月馬鹿」より 著者:織田作之助
そう私は友人に言った。 「武麟さんがジャワで飛ばした『武田麟太郎鰐に食われて
急逝す』というデマが、大阪まで伝わって来たというのは痛快だね」 雀百までおどり....
「武田麟太郎追悼」より 著者:織田作之助
ていた。(これは私一人ではあるまい)そして、見つけたのは「武田麟太郎三月卅一日朝
急逝す」 死んでもいい人間が佃煮にするくらいいるのに、こんな人が死んでしまうな....
「春宵因縁談」より 著者:佐藤垢石
はなしのはじめは三木武吉と頼母木桂吉の心臓の出来あんばいから語りだすことにしよう。 このほど、頼母木東京市長が
急逝した。私としては、この人の死をきいて別段深く感慨にうたれたというわけではない....
「鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
たらお目にかかって、伺って見たいと思っています内に、翌六年の元日の午後、賀古氏は
急逝せられて、そのことも出来なくなりました。 賀古、緒方の二氏と兄とは、学生時....