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慈母
「慈母〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
慈母の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「船医の立場」より 著者:菊池寛
》な日本語と日本についての知識とが、寅二郎たちを欣《よろこ》ばした。二人は初めて
慈母の手を探り得たような心持になって、その心の内の火のような望みを述べ始めた。 ....
「婦系図」より 著者:泉鏡花
人顔をしようとするから、痩せもし、苦労もするんです。 浮気をする、貞女、孝女、
慈母、淑女、そんな者があるものか。」 「じゃ……私を、」 と擦寄って、 「不埒....
「般若心経講義」より 著者:高神覚昇
ると説いているのです。けだし、これは果たしてどんな意味なのでしょうか。 厳父と
慈母です。叱ってくれる愛、それは智慧の世界です。批判の世界です。折伏の世界です。....
「連環記」より 著者:幸田露伴
は、せめてもの心強さであったろう。然し寂照が老母を後に、老母が寂照を引留めずに、
慈母孝子互に相別るるということは甚だしく当時の社会を感動せしめた。しかも上は宮廷....
「関牧塲創業記事」より 著者:関寛
遇にも土人は鱒|弐尾を捕りたるを以て、調理して晩飯を喰して眠につけり。此夜は恰も
慈母の懐に抱かれたる心地して、大安堵せり。 小屋は四間に六間にして、堀立柱に樹皮....
「街はふるさと」より 著者:坂口安吾
いし、女の生きがいも、そのように初歩的なものではない。 せつ子は二人の小鹿に、
慈母のようなやさしい眼差しをおくって、 「私はね。たとえば、大庭長平全集を計画す....
「梟啼く」より 著者:杉田久女
と、死の神の手におさめられようとして、何の抵抗もし得ず、尚お骨肉の愛惜にすがり、
慈母の腕に抱かれる事を、唯一の慰めとしているのであった。不慮の災いからして遂に夭....
「地上」より 著者:島田清次郎
朝、平一郎は目覚めた。彼は母を求めて、そこにむずかる独り子の自分を揺すって起こす
慈母の愛を求めて無意識に手を伸ばしたが、手答がなかった。窓の硝子越しに射す早春の....
「新しき世界の為めの新しき芸術」より 著者:大杉栄
「要するに彼等労働者には惨めさと醜くさとがあるばかりである」とは云っていない。「
慈母のような温情」を以て、此の「惨めさと醜くさとを人一倍深く感じ、そして人一倍深....
「少年連盟」より 著者:佐藤紅緑
もって、まるで自分の子どもであるように、昼夜をわかたず看病した、このゆきとどいた
慈母の愛は、かれんな病人にとっては、医薬よりもなによりもまさるものであった。ケー....
「わが童心」より 著者:佐藤垢石
かりが持っているのではない。大和民族として生をうけたものならば誰でも同じである。
慈母の如く、豊情豊彩のわが山川草木に、他人の一指も触れさせないために、決死斬込隊....
「利根の尺鮎」より 著者:佐藤垢石
一 私は利根川の水に生まれ、利根川の水に育った。 利根川の幽偉にして、抱擁力の豊かな姿を想うと、温かき
慈母のふところに在るなつかしさが、ひとりでに胸へこみあげてくる。私は、幼いときか....
「小山内薫先生劇場葬公文」より 著者:久保栄
業績でありました。創立以来四年有半、朝夕先生の謦咳に接して、厳父のごとく仰ぎ見、
慈母のごとく慕っていたわれわれ八十人の同志は、にわかに先生の死に面して、愕然とし....
「大田垣蓮月尼のこと」より 著者:上村松園
ゆくべき道を示してくれているように思える。 尼は当時京都に集まる勤皇の志士から
慈母のごとく慕われたが、自らは聊も表立つことはなく、あくまで女らしい床しさに終始....
「仏教人生読本」より 著者:岡本かの子
秋のくれがた 冷い雨が降っていますよ つわぶきの黄いろい花が眼に沁みる 厳父、
慈母と言って、父親は厳格、母親は慈しみ深いのが特色のように極められています。また....