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戒壇
「戒壇〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
戒壇の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「玉藻の前」より 著者:岡本綺堂
えば思えば浅ましさの極みじゃ」 叡山《えいざん》と三井寺の不和は多年の宿題で、
戒壇建立の争いのためには三井寺の頼豪阿闍梨《らいごうあじゃり》が憤死して、その悪....
「最終戦争論」より 著者:石原莞爾
界に未曽有の大戦争が必ず起る。そのときに本化上行が再び世の中に出て来られ、本門の
戒壇を日本国に建て、日本の国体を中心とする世界統一が実現するのだ。こういう予言を....
「夜の靴」より 著者:横光利一
がある。この村にとってのことだが、そうとばかりはいえないことだ。この村の釈迦堂に
戒壇院という一室がある。これは近年建ったこの寺の別室で、檀家七十家の位牌ばかり並....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
って御誕生あり、頼豪に何でも望みをかなえやろうと仰せられ、すなわち請うて三井寺に
戒壇を立つ、叡山から極力これを阻《はば》んで事ついにやんだので、豪、面目を失い、....
「大和路・信濃路」より 著者:堀辰雄
た。 僕も、その狐のやつに化かされ出しているのでないといいが…… 十月十九日、
戒壇院の松林にて きょうはまたすばらしい秋日和《あきびより》だ。午前中、クロオ....
「美の日本的源泉」より 著者:高村光太郎
い。同じ三月堂の塑造日光|月光の両|菩薩像もその傾向を推し進めたものであり、更に
戒壇院の四天王像になると聡明な頭脳と余裕ある手腕とによる悠揚せまらぬ写実の妙諦に....
「法隆寺再建非再建論の回顧」より 著者:喜田貞吉
的特異なる伽藍配置をなすに至ったものであろうと思われる。新田部親王の邸宅を捨して
戒壇となし、それより後漸次他の堂塔を造営した唐招提寺においても、大安寺・薬師寺等....
「古寺巡礼」より 著者:和辻哲郎
アメリカのホテルの話をきいた。 (五月十九日夜) 浄瑠璃寺への道――浄瑠璃寺――
戒壇院――
戒壇院四天王――三月堂本尊――三月堂諸像 今日は浄瑠璃寺*へ行った。....
「麦積山塑像の示唆するもの」より 著者:和辻哲郎
としたような、推古仏の源流を思わせるあの仏像の様式について言えるのみならず、また
戒壇院の四天王などのような天部像についても言えるであろう。表情を恐ろしく誇張して....
「法然行伝」より 著者:中里介山
こ》ばれた。 同じき年の十一月の八日、勢至丸は黒髪を剃《そ》り落し法衣を著し、
戒壇院《かいだんいん》で大乗戒を承けた。 或時のこと師範の阿闍梨に向って申され....
「粟田口霑笛竹(澤紫ゆかりの咲分)」より 著者:三遊亭円朝
、安国山と筆太に彫りたる額が掛っておりまする、向って左の方に葷酒不許入山門とした
戒壇石が建って居りまする。大門を這入ると、半丁ばかりは樹木は繁茂致して、昼さえ暗....
「仏教人生読本」より 著者:岡本かの子
ものであります。また聖徳太子の御趣旨の敷衍に外なりません。そして伝教大師は、この
戒壇には日本国民残らず全部を登壇授戒せしめて、一挙に民族精神の作興を企図されたの....
「年中行事覚書」より 著者:柳田国男
ったのはこの日花御堂を結構して、小釈迦の銅像を安置することで、この日また比叡山|
戒壇堂の仏生会に、女人等の常は登拝を許されざる者も参詣し、同じ序に東坂本栗坂の上....