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戦没
「戦没〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
戦没の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「宇宙の始まり」より 著者:アレニウススヴァンテ
の光輝は次第に薄らぐであろう。いよいよ巨人軍と神々との戦闘が始まると双方に夥しい
戦没者ができる。そうしてかの火の神ハイムダルも瀕死の重傷を受けるであろう。すると....
「黒死館殺人事件」より 著者:小栗虫太郎
暗殺者の名を。他の三人には、暗殺者ブラーエの手に狙撃された、ワレンシュタイン軍の
戦没者の名を附けたのでした。そして、この書庫の中から、グスタフス王の正伝をことご....
「神州纐纈城」より 著者:国枝史郎
戦が負けとなる。すると彼らは討ち死にする。不幸のようではあるけれど、その華々しい
戦没の様が、詩となり歌となって詠われる。ある者は神にさえ祀られる。だが人民は苛斂....
「道標」より 著者:宮本百合子
であったところをぬけて、一望に遠くの丘陵を見晴らす場所へ出た。そこはヴェルダンで
戦没した兵士の墓地だった。七千の墓は、白い十字架の列をそろえて、彼らが生きていた....
「春寒」より 著者:寺田寅彦
もかくも王の姿が再びノルウェーに現われなかったのは事実である。 すぐれた英雄の
戦没した後に、こういううわさの生まれたのはいつの世でも同じだと思われる。この戦を....
「風俗の感受性」より 著者:宮本百合子
債で。オール・スフ。眼鏡のつるに到る金の申告。体位向上徒歩奨励、幼児保健の問題、
戦没者の母子寮の設立などと全く背までくっついていて離れられない双生児の歩む姿であ....
「「どう考えるか」に就て」より 著者:宮本百合子
第一次欧州大戦後、敗戦したドイツではフライブルグ大学教授ヴィットコップによって「
戦没学生の手紙」が蒐録され、岩波新書の一冊として翻訳が刊行されていた。真摯な若い....
「ことの真実」より 著者:宮本百合子
と抗議せずにいられない。 東大協同組合出版部から、『きけわだつみのこえ』という
戦没学生の手記を集めた本が発行された。
戦没した学生たちは、帝国主義の侵略戦争がど....
「東大での話の原稿」より 著者:宮本百合子
像を立てる――だが そのもとになる人間の命を 記念像を建てさせよ。 〔欄外に〕
戦没学生記念像は 東大におくことをことわられた。 一部過激学生の 反戦平和運動....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
で見直したいから。)サートン『科学史と新ヒューマニズム』『妻への手紙』(鴎外)『
戦没学生の手紙』等です。興味があったらポツポツお買いになりませんか。そしてお下り....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
風な表現をよんだものだから、きっとそんな夢で人力俥なんか見たのかもしれない。
『
戦没学生の手紙』は、この本に日本訳されていない部分だけロマン・ローランによって紹....
「中庸」より 著者:坂口安吾
、その操縦は軍艦を動かすよりもよほど難物だということが次第に判明した。 南方で
戦没した陸軍の小野大佐の娘がこの小学校の先生をしていた。村では甚しく悪評の女性で....
「郷介法師」より 著者:国枝史郎
豊前がそれを用いる。で、須々木方は戦う毎に勝ち、半年余り寄せ合った果、最所治部は
戦没し、龍の口城は陥落った。 須々木豊前は大いに喜び、凱旋するや盛宴を張って、....
「瘠我慢の説」より 著者:福沢諭吉
を聴《き》かず、初め江東の子弟八千を率《ひき》いて西し、幾回《いくかい》の苦戦に
戦没《せんぼつ》して今は一人の残る者なし、斯《かか》る失敗の後に至り、何の面目か....
「取り交ぜて」より 著者:水野葉舟
これは自分の友人が親しく実見《じっけん》した奇話である。 弘治《こうじ》二年に
戦没した先祖の墓は幾百年の星霜《せいそう》を経《へ》て、その所在地は知られなかっ....