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戯文
「戯文〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
戯文の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「鴎」より 著者:太宰治
かった。私はやっぱり阿呆《あほう》みたいに、時流にうとい様子の、謂《い》わば「遊
戯文学」を書いている。私は、「ぶん」を知っている。私は、矮小の市民である。時流に....
「黒死館殺人事件」より 著者:小栗虫太郎
九年二月九日発行の東京新誌第四一三号で、「当世|零保久礼博士」と題した田島象二の
戯文だった。
――扨もこの度|転沛逆手行、聞いてもくんねえ(と定句十数列の後....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
こえた仮名垣魯文のような作者があって、すこぶるトボケた調子で、この世相をたくみな
戯文に描き出して見せていた。多吉が半蔵にも読んで見よと言って、下座敷から持って来....
「もの思う葦」より 著者:太宰治
。 確かに私は、いま、甘えている。家人は私を未だ病人あつかいにしているし、この
戯文を読むひとたちもまた、私の病気を知っている筈である。病人ゆえに、私は苦笑でも....
「生活者としての成長」より 著者:宮本百合子
た。硯友社の文学はその頃でも「洋装をした元禄小説」と評されていたのだが、そういう
戯文的小説のなかへ、二葉亭四迷はロシア文学の影響もあって非常に進歩した心理描写の....
「文士としての兆民先生」より 著者:幸徳秋水
べき者ではないと言い、予が「三酔人」の文字を歎美するに対しては、彼の書は一時の遊
戯文字で甚だ稚気がある。詰らぬ物だ。と謙遜して居た。然り、先生は其気、其才、彼が....
「思想としての文学」より 著者:戸坂潤
ら考えて見なければならない)。ユーモアが逃避的に用いられれば、その時の文筆活動は
戯文の形を取り、それが積極的に用いられれば、批判的言論の形を取る。ユーモアがどう....
「死体の匂い」より 著者:田中貢太郎
摺をこしらえてくれと言った。魯文は露店へ立ったままで筆を執って「鯰の老松」という
戯文と下画を書き、ちょうど来合わした狂斎という画工に下画のままの画を描かして渡し....
「ピンカンウーリの阿媽」より 著者:豊島与志雄
手紙を書くということは、元来、ひどく億劫なことである。埒もない手紙にしても、戯画
戯文ではない。それを書くのだから、なにかそこにはおのずから心情の温かみがあろう。....
「平賀源内捕物帳」より 著者:久生十蘭
うむずかしい博物の本を著わす一方、「放屁論《ほうひろん》」などという飛んでもない
戯文《げぶん》も書く。洒落本やら草紙やら、それでも足りずに浄瑠璃本まで手をつける....
「随筆 寄席囃子」より 著者:正岡容
さそわれ、まだ十二、三の少年たりし己れも、初めて浄名院に詣でたりけり。 里人が
戯文にありし「地蔵尊顔へ烏が糞をひり」の柳句、いかさま当時は鉛筆にて地蔵尊の尊体....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
であっても著るしい語系の差異がある。美妙は本とが韻文家であって韻語に長じ、兼ねて
戯文の才があったから、それだけ従来の国文型が抜け切れない処があった。二葉亭も院本....
「明治の文学の開拓者」より 著者:内田魯庵
学上のアンビションを焔やしたのでさもなければやはり世間並の職業に従事してシャレに
戯文を書く位で終ったろう。従来片商売として扱われ、作者自身さえ戯作として卑下して....
「四十年前」より 著者:内田魯庵
ようもなく、空しく伝統の圏内に彷徨して指を啣えて眼を白黒する外はなかった。中には
戯文や駄洒落の才を頼んで京伝三馬の旧套を追う、あたかも今の歌舞伎役者が万更時代の....