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挽
「挽〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
挽の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「葬儀記」より 著者:芥川竜之介
つね》さんが立っている。そうして右の手を平《たいら》にして、それを臼《うす》でも
挽《ひ》く時のように動かしている。礼をしたら、順々に柩の後ろをまわって、出て行っ....
「想片」より 著者:有島武郎
ろの階級の可能性を信ずることができないからである。私は自己の階級に対してみずから
挽歌《ばんか》を歌うものでしかありえない。このことについては「我等」の三月号にの....
「義血侠血」より 著者:泉鏡花
を得て、 「ありがてえ! 頼むよ」 「合点《がってん》だい!」 それと言うまま
挽《ひ》き出だせり。二人の車夫は勇ましく相呼び相応《あいこた》えつつ、にわかに驚....
「姪子」より 著者:伊藤左千夫
》に火を入れる、おれの近くへ石臼《いしうす》を持出し話しながら、白粉《しろこ》を
挽《ひ》き始める、手軽気軽で、億劫な風など毛程も見せない、おれも訳なしに話に釣り....
「二、三羽――十二、三羽」より 著者:泉鏡花
合に、この親馬鹿が、すぐにのろくなって、お飯粒の白い処を――贅沢な奴らで、内のは
挽割麦を交ぜるのだがよほど腹がすかないと麦の方へは嘴をつけぬ。此奴ら、大地震の時....
「婦系図」より 著者:泉鏡花
思うと、手八の蒔直しで夜泊の、昼流連。祖母さんの命を承けて、妹連から注進櫛の歯を
挽くがごとし。で、意見かたがたしかるべき嫁もあらばの気構えで、この度母親が上京し....
「吉原新話」より 著者:泉鏡花
附着いては、一同の姿を、種々に描き出す。…… 時しもありけれ、魯智深が、大なる
挽臼のごとき、五分刈頭を、天井にぐるりと廻して、 「佐川さんや、」 と顔は見え....
「星あかり」より 著者:泉鏡花
、まあ! 廂も、屋根も、居酒屋の軒にかかった杉の葉も、百姓屋の土間に据えてある粉
挽臼も、皆目を以て、じろじろ睨めるようで、身の置処ないまでに、右から、左から、路....
「歌行灯」より 著者:泉鏡花
ます。そしてお客の取れぬ時は、船頭衆の胸に響いて、女が恋しゅうなる禁厭じゃ、お茶
挽いた罰、と云って、船から海へ、びしゃびしゃと追下ろして、汐の干た巌へ上げて、巌....
「梵雲庵漫録」より 著者:淡島寒月
二寸四方位な小さな凧へ、すが糸で糸目を長く付けた凧売りとだけだ。この凧はもと、木
挽町の家主で兵三郎という男が拵らえ出したもので、そんな小さいものだけに、骨も竹も....
「些細な事件」より 著者:井上紅梅
人影を見なかったが、しばらくしてやっと一台の人力車をめっけ、それを雇ってS門まで
挽かせた。まもなく風は小歇《おや》みになり、路上の浮塵《ふじん》はキレイに吹き払....
「取舵」より 著者:泉鏡花
なりて、 「君の吹くぜもお株だ。実際ださ、実際僕の見た話だ。」 「へん、躄の人力
挽、唖の演説家に雀盲の巡査、いずれも御採用にはならんから、そう思い給え。」 「失....
「荒蕪地」より 著者:犬田卯
のごときも四貫俵三十銭、二十五銭になってしまい、かつて儀作の副業……農閑期の馬車
挽など、賃銀は下るばかりでなく、どんなに探し廻っても仕事の得られない日さえあるよ....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
。) 明治十八年の秋、旧外国語学校が閉鎖され、一ツ橋の校舎には東京商業学校が木
挽町から引越して来て、仏独語科の学生は高等中学校に、露清韓語科は商業学校に編入さ....
「戦争史大観」より 著者:石原莞爾
彼は軍団長の経験すらなき新参者で大抜擢である。ファルケンハインは西方に於て頽勢の
挽回に努力したが遂に成功しなかった。ルーデンドルフ一党からは一九一四年、特に一九....