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攻む
「攻む〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
攻むの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「幻影の盾」より 著者:夏目漱石
かなくて憐《あわれ》むべきを罵《ののし》るときかれる。去れど城を守るものも、城を
攻むるものも、おのが叫びの纔《わず》かにやんで、この深き響きを不用意に聞き得たる....
「川中島合戦」より 著者:菊池寛
津城にかかって行ったに違いないのである。 『越後軍紀』に「信玄西条山へ寄せて来て
攻むるときは、彼が陣形常々の守を失ふべし、その時無二の一戦を遂げて勝負すべし」と....
「田原坂合戦」より 著者:菊池寛
見た。之に対して官軍の方略は、敵がその何れの策に出づるを顧みず、海陸より鹿児島を
攻むるにありとした。更に地方の騒乱を防ぐ為に、各鎮圧をして連絡厳戒せしむる事にし....
「賤ヶ岳合戦」より 著者:菊池寛
見に来合せたが、賤ヶ岳の辺で矢叫び鉄砲の音が烈しいのを聞いて、さては敵兵|早急に
攻むると見えた、急き船を汀に付けよと命じた。供の者はこんな小勢で戦うべくもないと....
「魔法修行者」より 著者:幸田露伴
「さま/″\のまじわざものをしき」と水鏡にはあるから、相手が外国流で己を衛り人を
攻むれば、こちらも自国流の咒詛をしたのかも知れぬ。しかし水鏡は信憑すべき書ではな....
「運命」より 著者:幸田露伴
を破って景隆の営に逼る。張玉|等も陣を列ねて進むや、城中も亦兵を出して、内外|交
攻む。景隆支うる能わずして遁れ、諸軍も亦|粮を棄てゝ奔る。燕の諸将|是に於て頓首....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
しきりに艶辞を蒔《ま》いたを不快で、かの夫妻退いて各一城に籠《こも》り、王これを
攻むれど落ちず。術士メルリン城よりもまず女を落すべく王に教え、王ゴーロアの偽装で....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
将レグルス兵隊をして大弩《おおゆみ》等諸機を発して包囲する事|塁砦《るいさい》を
攻むるごとくせしめ、ついにこれを平らげその皮と齶をローマの一堂に保存した(プリニ....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
れが群臣の耳に入ったので、多年兵を動かして人臣辛苦|息《や》まざるにこの上北海を
攻むるようではとても続かぬ故王を除くべしと同意し、瘧《おこり》を病むに乗じ蒲団蒸....
「蒲生氏郷」より 著者:幸田露伴
組、六手組、七手組の後備に対《むか》っては、おもしろいぞ、おもしろいぞ、名生の城
攻むると聞かば必定政宗めが寄せて来うぞ、三段に陣を立てて静まりかえって待掛けよ、....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
めを行いました。
ことに甲斐の地は、関東第一の天嶮であって、守るに易《やす》く
攻むるに難い。天下の大事を為《な》すものは、まずこの土地を閑却してはならないと、....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
、いずれもすぐったる武勇絶倫の輩《ともがら》なれば、何十万の大軍を以て、一年二年
攻むるとも更に恐るるなしと見えたるところに……情けないことに、籠城途中、禍《わざ....
「秋の筑波山」より 著者:大町桂月
政泰、駒城主の中御門実寛だけが南朝に属せしが、興国四年十一月、高師冬大挙して来り
攻むるに及び、大宝城陥りて政泰討死し、関城も陥りて宗祐父子討死し、親房は吉野に走....
「学問のすすめ」より 著者:福沢諭吉
は必定《ひつじょう》なり。しかるときはこの家来の一族、また敵討ちとて吉良の一族を
攻むるならん。敵討ちと敵討ちとにて、はてしもあらず、ついに双方の一族朋友死し尽く....
「妖怪学」より 著者:井上円了
て幸いせず。牲を殺して、もって賽神す。霊には、すなわち鼓を鳴らすをやめず、これを
攻むるに朱緑の縄索もてす。しかしてこれを脅かす)の文を唱うるなり。 以上は、我....