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新島
「新島〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
新島の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「空襲下の日本」より 著者:海野十三
、山梨県を包み、それからいよいよ南の方へ、伊豆半島の突端|石廊崎から、伊豆七島の
新島、更に外房州の海岸から外へ六七十キロの海上を点々と綴り、鹿島灘の外を通って、....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
のと云うものはない。一般に島原とか、島原の芝居とか呼んでいた。明治の初年、ここに
新島原の遊廓が一時栄えた歴史をもっているので、東京の人はその後も島原の名を忘れな....
「島原の夢」より 著者:岡本綺堂
のというものはない。一般に島原とか、島原の芝居とか呼んでいた。明治の初年、ここに
新島原の遊廓が一時栄えた歴史を有っているので、東京の人はその後も島原の名を忘れな....
「青蛙堂鬼談」より 著者:岡本綺堂
、芝居町や吉原やすべての遊び場所がみんな火の消えたような始末。おまけに新富町には
新島原の廓が新しく出来ましたので、その方へお客を引かれる。わたくしの父なぞは、い....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
呼び慣わしていて、正直に新富座という人は少なかったようである。明治の初年、ここに
新島原の遊廓を開いたが、四年の七月に立退きを命ぜられ、その跡へ新富町という町が出....
「人外魔境」より 著者:小栗虫太郎
ここは、隊長の僕の日本の領土になる。もし、本国政府が追認してくれれば、この極北の
新島の先占宣言が成立する」 じつに、それは厳粛な瞬間だった。それまで氷に覆われ....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
と人に知らせむ 人もをし人もうらめし味けなく世を思ふ故にもの思ふ身は 吾れこそは
新島守よおきの海の荒きなみ風心してふけ 限りあればさてもたへける身のうさよ民のわ....
「日本天変地異記」より 著者:田中貢太郎
、(略)炎気稍退き、五島全く其形を成す、即ち其二番三番四番五番六番の五島、併せて
新島と名づく、其中五番島最大にして其周廻二十町、高さ六丈なり、草木発生し、水泉迸....
「現代日本の思想対立」より 著者:戸坂潤
、永田広志、秋沢修二、篠原道夫、森宏一、今野武雄、伊藤至郎、石原辰郎、石井友幸、
新島繁、早川二郎、伊豆公夫、その他新進気鋭の諸氏が、唯物弁証法の立場から、夫々科....
「『唯研ニュース』」より 著者:戸坂潤
ために動員すべき専門の会員を挙げて見ると、江口渙、森山啓、窪川鶴次郎、中野重治、
新島繁、甘粕石介、高沖陽造、本間唯一、伊豆公夫、徳永泰を始めとして、決して人数と....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
―なるが故に国境が無かった。吉田松陰は、これがために生命を投げ出し、福沢諭吉も、
新島襄《にいじまじょう》も、奴隷同様の苦しみを嘗《な》め、沢や、榎本《えのもと》....
「将来の日本」より 著者:新島襄
えんなり。ああこれ天下の大勢今すでにここに至れるなり。 明治二十年二月 西京
新島襄....
「朱絃舎浜子」より 著者:長谷川時雨
たげいしゃ》もあるといったふうで、四囲の雰囲気は、すべてが歌舞伎国領土であった。
新島原という名は、京都で有名な、島原遊廓から来たものであったろう。あまり短命だっ....
「石狩川」より 著者:本庄陸男
、彼は急に独りになりたくなった。
「そちはこのあたり、築地《つきじ》のホテル館や
新島原のにぎわいやなどをゆるゆる見物するがよい、拙者ひとりで一ッ走り行ってまいろ....
「植物一日一題」より 著者:牧野富太郎
新称をあたえ、「此物和名なし依て仮に之れをあすなろのひじきと名付けたり此名は伊豆
新島の方言にひのきばやどりきをつばきのひじきといへるを思ひて其の形の稍似たるより....