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「日下部〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

日下部の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
古事記」より 著者:太安万侶
がり》の君の祖先です。次にシブミの宿禰の王は佐佐の君の祖先です。次にサホ彦の王は日下部《くさかべ》の連・甲斐の國の造の祖先です。次にヲザホの王は葛野《かずの》の....
水と骨」より 著者:佐藤垢石
まま流れてくるが、盆地へ出ると急に水が温んでしまう。笛吹川も、雁坂の峠の東を出て日下部付近までは冷たいが、石和へくると段々湯のようである。そして富士川は、鰍沢を....
岩石の間」より 著者:島崎藤村
。 更に二年ほど過ぎた。塾では更に教室も建増したし、教員の手も増《ふや》した。日下部《くさかべ》といって塾のためには忠実な教員も出来たし、洋画家の泉も一週に一....
食堂」より 著者:島崎藤村
人達だとか。ああいうお友達は、今でもちょいちょい見えるかい」 「横内に、三枝に、日下部に――あの連中ですか。店が焼けてからこのかた、寄りつきもしません」 「あん....
古事記」より 著者:武田祐吉
聖帝の御世 雁の卵 國土 千葉の葛野 求婚 八千矛の神 神武天皇 若日下部の王 金※の岡 婚姻 伊耶那岐の命 木の花のさくや姫 美夜受比賣 蟹....
静岡地震被害見学記」より 著者:寺田寅彦
然の関係を支配する未知の方則に支配された必然な理由があるであろうと思われた。故|日下部博士が昔ある学会で文明と地震との関係を論じたあの奇抜な所説を想い出させられ....
読書の今昔」より 著者:寺田寅彦
むしろバナナのほうは景気がいいが、書物のほうはさびしい。 「二人行脚」の著者故|日下部四郎太博士がまだ大学院学生で岩石の弾性を研究していたころのことである。一日....
ルクレチウスと科学」より 著者:寺田寅彦
じものが Naturwissenschaften にも出ている。 ちなみに故|日下部四郎太博士が十年ほど前に「時の素量について」という意味の題目で一つのおもし....
現代日本の思想対立」より 著者:戸坂潤
斯界の権威が相当に多い。 理論物理学に於ては、あまり受賞的業績がない。古くは故日下部四郎太博士の『力学研究』や、石原純博士の『相対性原理、万有引力論及量子論の....
日本の頭脳調べ」より 著者:戸坂潤
シャラな手腕家としているらしい。かつて東北帝大理学部が新設される時、石原純博士・日下部四郎太博士等を初めとして新進気鋭の物理学者の群を率いて東大を飛び出そうとし....
南国太平記」より 著者:直木三十五
誰だっ」 と、怒鳴って、振向いた。旅姿の士が 「わしだ」 と、答えた。 「日下部だ」 「日下部」 「何うした?」 「益満は?」 人々が、一時に、喋り出し....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
「しおの山とは塩山《えんざん》のこと、差出《さしで》の磯はわたしの故郷八幡村から日下部《くさかべ》へかかる笛吹川の岸にありまする」 「ああ左様《さよう》であった....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
石和《いさわ》まで来ました。 石和で腹をこしらえた米友は、差出《さしで》の磯や日下部《くさかべ》を通って塩山《えんざん》の宿《しゅく》へ入った時分に、日が暮れ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
倉《かわくら》を築いたり、火の出るような働きです。ここの手を切られると、水は忽ち日下部《くさかべ》や塩山《えんざん》一帯に溢れ出す。ここの手だけは死力を尽しても....
伊太利亜の古陶」より 著者:宮本百合子
お飲物は彼方にさしあげるように申しつけてございますから……」 「じゃあいかがです日下部さん――日本流に早速婦人方も御一緒願うとして悠《ゆっ》くり寛ろごうじゃあり....