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日本学
「日本学〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
日本学の前後の文節・文章を表示しています。該当する12件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
、宗教に関したる書類また多し。西洋なおかくのごとし、いわんやわが国においてをや。
日本学はもちろん東洋の諸学を研究するの必要、推して知るべし。 西洋人の評論、著....
「西航日録」より 著者:井上円了
ある日再びリーズ市に至り、同地なる工業大学校を訪い、図らずも奥田早苗氏ほか三名の
日本学生に面会するを得。五人相対して午餐を喫し、終日日本談話の歓を尽くせり。 ....
「東洋文化史における仏教の地位」より 著者:高楠順次郎
か。天平の写経が石山寺に十箱ある。こんなにたくさんある物を比較しないということは
日本学者の恥だ。またこれを比較したが、それを出版しないということは不都合である」....
「小浅間」より 著者:寺田寅彦
めに電池のわずかな費用を節約しつつ、たくあんをかじり、渋茶に咽喉を潤してそうして
日本学界の名誉のために、また人間の知恵のために骨折り働いているのである。 ろう....
「連句雑俎」より 著者:寺田寅彦
問題にならないのもやむを得ない次第であろう。そのうちにだれか西洋で毛色の変わった
日本学者がこの連句芸術を「発見」して、これを驚嘆し礼賛《らいさん》し宣伝する日が....
「技術の哲学」より 著者:戸坂潤
達を阻止されつつあるのが事実である。 * 一九三二年秋、相談に着手し始めた処の「
日本学術振興会」の創立の如きは、何もこの点の反証にはならぬ。なぜなら之は結局一方....
「現代日本の思想対立」より 著者:戸坂潤
七年二月号――但し多少字句の変更を加える)。 去る(一九三七年)一月二十一日、
日本学術振興会第五回総会で長岡半太郎博士はこの国の学術研究が振わない原因を述べて....
「読書法」より 著者:戸坂潤
ヴューの外交であるこの筆者が、相当の犠牲者である所以である。 「読書法日記」は『
日本学芸新聞』にその名で連載したものであり、「ブック・レヴュー」は『唯物論研究』....
「学問の独立」より 著者:福沢諭吉
内と外とに差別するところあるべからざるなり。官吏も日本政治社会の官吏なり、学者も
日本学問社会の学者なり。その事業こそ異なれども、その人物の軽重にいたりては、毫も....
「数学史の研究に就きて」より 著者:三上義夫
逃出現代西洋該科学之系統者。吾人既絶望於国内専家之闡明。不能不先学日本文。以傾聴
日本学者之議論。例如対於中国数学史、天文学史上有疑難処。取読日本三上義夫、新城新....
「神社合祀に関する意見」より 著者:南方熊楠
つくようでは、国家に取りて何たる不祥事ぞ。 近ごろ英国高名の勢力家で、しばしば
日本学会でわが公使、大使に対し聖上の御為《おんため》に乾盃を上ぐる役を勧めたる名....
「今日の日本の文化問題」より 著者:宮本百合子
織改組準備委員会がつくられた。日本の官学学術機関である帝国学士院、学術研究会議、
日本学術振興会などの長老組織を改組する目的で一五名の委員が選ばれたが、学界一般の....