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明道
「明道〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
明道の前後の文節・文章を表示しています。該当する8件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「大阪夏之陣」より 著者:菊池寛
て平野に舎営した。 五日夜、幸村と勝永天王寺より平野に来り基次に云う、「今夜鶏
明道明寺に会し、黎明以前に国分の山を越え、前後隊を合し、東軍を嶮隘に邀え、三人討....
「天主閣の音」より 著者:国枝史郎
長島町を西へ執り茶屋町、和泉町を北に眺め、景雲橋の方へ進んで行った。景雲橋を渡り
明道橋を渡り、尚何処迄も西の方へ進んだ。もう此辺は城下の外で、向うに一塊此方に一....
「みみずのたはこと」より 著者:徳冨健次郎
ったまゝ、井戸傍を去って母屋の縁に腰かけた。
*
程
明道の句に「道通天地有形外」と云うのがある。梁川君の様な有象から無象に通う其「道....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
。けだし十余年なり、時刻|爽《たが》わずと、余|窃《ひそ》かに記す。張公文潜の『
明道雑志』にいわく、鶏|能《よ》く晨を司る事経伝に見《あら》われて以て至論と為す....
「連環記」より 著者:幸田露伴
」の歌を遺して、莞爾として微笑して終った。 丁謂もこれに先だつこと一年か二年、
明道年間に死んだのであるが、寂照が平坦な三十年ばかりの生活をした間に、謂は嶮峻な....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
でお先へ御免を蒙《こうむ》ることにする。 そうして兵馬が、長持を追いぬけて、有
明道《ありあけみち》を急ぐことしばし。 ほとんど一町ともゆかぬ時に、戞々《かつ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
以て書かれたように、あざやかに読めるものですから、兵馬がそれを見やると、 「無
明道人俗名机竜之助帰元」 と書いてあるので、蛇を踏んだようにハネ返ってその卒都....
「前記天満焼」より 著者:国枝史郎
象山から発している。その象山の学説は、朱子の学から発している。周濂溪、張横渠、程
明道、程伊川、これらの学説を集成したものが、すなわち朱子の学である。……朱子の学....